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プチ家出
体調を崩した。季節の変わり目だし、
元々そこまで丈夫ではないので
風邪症状には慣れっこである。
彼は調子の悪い私を見たことがなかったのでうろたえた。
甲斐甲斐しく世話を焼き、雑炊をつくり
スポドリや薬を買ってきて飲ませた。
そして言った。「今日明日は休みなさい」
私は体調と相談する、と言ったが
「だめ。体調管理も仕事のうちだよ」
と言って怖い顔をしたのだ。
残業しないから、病院に行くからと彼を説き伏せて
私は欠勤を回避した。
しかし、翌朝になってみると
彼の介抱のおかげか体調が快復していた。
私は残業をし、日付が変わる前に帰った。
彼は「もう知らん」と一言LINEを打ち
帰ってからそのことに関して「心配してるのに。病み上がりなのに」
と冷静に私を諭した。
心配してくれてありがとう、と私は言ったが
彼は納得のいかない様子だった。
謝らせたいようだったが、私は知らぬふりをした。
悪いことはしていないと考えたからだ。
心配してくれるのはありがたいことだが、
「もう知らん」という言葉や
彼がいつもならするハグやキスをしないことに私はじわじわ浸食されていった。
「これは罰だ」とすぐに分かった。
コントロールされるのは嫌だが、
心配させたことに対して謝るべきなのだとも考えた。
それで明確に謝罪し、抱きしめてと甘えた。
彼は「どうしようかな」と何度も言ったあと
数回抱きしめてくれたが、私はそれを後悔した。
したくてしたハグではないと、はっきり分かってしまったのである。
「何かあった?」といつも通りのトーンで聞く私に
彼はぴしゃりと言った。
「何も。普通に疲れてるだけ。」
君のせいで、と言われている気がした。
もちろんそれは妄想だ。
しかし、私は返事をしなかった。
まもなく彼の寝息が聞こえたので
私は布団を抜けだした。
ネガティブが喉までせりあがって来て、耐えられなかったからだ。
彼の隣で嗚咽を漏らせば間違いなく被害者ポジになる。
それは避けたかった。
慌てて服を着替え、少しの現金を持って私は家を飛び出した。
近くのネットカフェで朝を迎えて、彼が仕事に出発してから家に戻ろうと思ったのだった。
500mほど歩いて、私は踵を返した。
これは甘えた振舞いだと気付いて。
ど本命の彼も、神様じゃない。
体調が悪い時もあるし、余裕がない日もある。
それにいちいち反応して家出していては「またか」と思われるだけだ。
私は、雨上がりのアスファルトの感触を愉しんだ。
0か100かの極端な思考や、自分こそ万全の体調でない中で━
それを赦し「よくやっているよ」と心を抱きしめた。
朝、起きて彼の機嫌がそのままであれば何も変わらずに接する。
すがったり、ごきげんを伺うことはしない。
彼が起きたすぐ後に出発して
━ここで顔を合わせておはようと言ってみる━
近くの銭湯まで歩こうと決める。
夜、ネットカフェで浪費してしまうところだった費用で
自分の心をいたわる時間をプレゼントする。
比較的大きな図書館へ出向いて、のんびり本を読もう。
そして、野菜を使った料理を自分のためだけにつくる。
たっぷり眠って、さらに翌朝は早くから運動のために彼を待たずに出てしまおう。
将来がどうなるにせよ、彼も冷静になるタイミングがどこかで訪れる。
そこまで考えたら、気持ちがふっとほどけた。
自分の軸を思い出したのだ。「幸福に生きる」
相手がいようがいまいが、それを諦めない。
背筋を伸ばして、凛とするのだ。
彼に同棲の期間として約束したのは、一年。
来年の夏までがリミットである。
婚約はしているが、彼の愛情が薄れていたり
ふたりの目線が違っているとその時気付いたら
潔く破棄しよう、と決めた。
愛情たっぷりの結婚でないのなら、
それは私の望まないところである。
婚約を破棄したと聞けばみな湧きたつだろうが、
不幸な結婚をした末にバツがつくよりいくぶんかマシだろう。
幸せなど本命恋愛は自分自身がつくりあげるものである。
相手をジャッジする必要はないが、
自分の行動を振り返る必要はある。
いつも晴れだと、雨のありがたさが身に染みる。
こういう出来事があるから、お花畑だった頭をきりっとさせることができるのかもしれない。