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「そんなところ」に思うポンコツ
彼は常識に照らし合わせて言う。
環境を自分で変えられないなら、転職した方がいい。
私は、そうだねと言う。
全くその通りだ。
どんな環境であれ私はここで勤めると決めた。
ぱっと見の条件は劣悪でも
ここだから続いていると私は思っていた。
組織はわたしが居なくても回る。
ここじゃなきゃいけない理由はどこにもない。
投げ出すのが嫌なのか。
駒として扱われていたとしても
乗り掛かった船を、途中で抜けるのはなんとなく気持ちが悪いような気もする。
彼にありがとうと言いながら、
私はひとりで考える。
はたらくことの理由を。
逃げ出さない本当の意味を。
「いい加減怒るよ。組織のためによくない。上司もよくない。君が頑張ることはよくない。」
彼は電話口で言った。
私は、その電話のあとLINEを返さないでいた。
そんなものを見る余裕すらなかった。
頭が回らない。優先順位をつけたいが、次から次へと物事が降ってくる。
引き継がれ、それをこなし、対処し、報告し相談し引き継ぐ。
日々がその繰り返しだ。
誰が悪いというのではない。
価値観の違い。
「そういう些細な話ってさ。」
部署はちがうが、よく面倒を見てくれる先輩が私の話を聞いて言った。
「お互いが忙しくなるほど、すれ違いや喧嘩のもとになるよね。」
私はそうですねと頷く。
メモをかきながら。
もう退勤した後だが、先輩の話を中断しづらく、なんとなくそこにいた。
「時代としては彼が正論だし、探せば良いとこいっぱいあるんだよね実際ね。」
そう思いますと傾聴した。
夫婦という観点から見ると、先輩や彼のいうことが正解だというのが火を見るよりあきらか。
ただ、私自身がそれを望んでいないのだ。
日々くたばっているのに。
それを「しがみつく」と表現するのだろう。
自分の話を聞いてほしい。
先輩の声が聞こえた気がして
それとなく水を向けると
ぽろぽろと抱えているものを見せてくれた。
驚いた。
家庭人としての先輩の姿や葛藤を、
まざまざと見せつけられ
そのギャップに、重みにひるむ。
みんな抱えている。
3時間ぶっ通しで愚痴を話していた先輩も。
指導という名目でパンをおごってくれた先輩も。
ひっそりあくびをかみながら、残業していた同僚も。
奥さんに、その話をしたのかと尋ねると
先輩は「うん、初めて」と答えた。
これは抱えきれないと思って。
「そんな遠くから。よくやっていますよ。お疲れ様です。」
また別の部署の人に言われた。最寄駅の話の時に。
ガタガタとけたたましい音をたてる地下鉄のなかで、
色んな人の声がこだまする。
よくやっているのだろうか。
家庭で。職場で。私のなかで。
前向きだという。
「そんなところ」で働き続けていられるのは。
他の選択肢がないというだけだ。私は一つのことしかできない。
ゴールだけを見据えている。
彼に言われたからでもなく
他人に評価されたからでもなく
自分をいたわるために、私は残業をきりあげた。
早出の申請をする。
上長がだめだと判断すれば、業務量の割り振りが変わるかもしれない。
残業だと把握しようにも出来ず、組織としてマイナスだろう。
残業のあたまより、早出の時の方がまだマシな働きが出来る。
今できることをフルでやるのだ。
そうすると、道が開けることを私は知っている。
彼にも、誰にも理解されなくても
けもの道をゆく。
敵前逃亡はかっこ悪い。
引き返すのは、いつだってできる。