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コンプレックスだらけの女がサロンモデルをした。

 心の底から胸を張れなかった。
 他者からの評価が全てであった。

 お前はダメな人間だと言われれば、そうよね、ダメな人間よねと納得し、貴女はとても素敵な人間よと言われれば、私なんかのためにお世辞を言ってくれてありがとうと言葉そのものをそのまま受け取らない。その場で受け取ったふりをしてそっと地面に落としていた。

 ネガティブで、こじらせていて、誰かに自分を認めてほしくて、誰かに称賛されたくて、そのくせ相手がどんなに自分を称賛してくれても、それを素直に受け取れずにいた。

 分厚い外殻は、堂々と虚勢を張るのに必死で、中身はぐちゃぐちゃのどろどろだった。

 そんな自分を変える出会いをしたのは、19歳の夏だった。
 その瞬間は、ごく日常の中で起き、いつも通りに流れていた日常を非日常に変えた。
 大学の食堂で友人と駄弁っているとき、金髪のお兄さんは突然私の視界に入ってきた。

 ――よければモデルをしませんか。

 その言葉に私はただ間抜け面を向けていただろう。

 お兄さんは美容師で、モデルを探していた。
 たまたま食堂でモデルを探していたところ、私を見掛け、友人と話し終わるのを待っていたらしい(結局待ち切れずに話し掛けたわけだが)。
 日常の中にいきなり非日常が飛び込んできて驚きを隠せずも、答えは何故か決まっていた。

「私なんかでよければ……!」

 心臓の音がうるさかった。

 大学に進学して、ほとんどは自分か友人に髪を切ってもらっていた。どちらも、経験があるわけではなかったが、髪に疎い自分はそれで十分だと思っていた。

 声を掛けてくれた金髪のお兄さんが働いている美容室は、お洒落でいて居心地の良さを感じる空間で、どのスタッフも自然な笑顔で迎えてくれた。

 最初はカラーはせず、刈り上げマッシュになった。
 髪を切りながら、お兄さんはビラを私に見せた。コンテストのビラだった。
 そのコンテストは40分の間に、モデルにカットとスタイリングをし、その後、モデルは舞台を歩いて披露するというものだった。

 正式なお願いは後日するから、考えておいてほしいと言われ、その日は、カットを済ませると、少しだけカメラを向けられた。
 初めての記念撮影や遊びでもないカメラで、どんな顔を向ければいいのか分からないままその日は帰った。

 家に帰ってから寝るまでは、上の空だった。
 サロンモデルへの憧れはありつつも、自分の身に降る話ではないと完全に思っていた。

 後日、お兄さんからサロンモデルの正式な依頼がきた。

 コンテストまでの数か月間。
 髪型、カラー、服までお兄さんは私を見ながら、あーでもないこーでもないと考えていた。
 夜、アパートから美容室まで息を切らしながら自転車を漕ぐ度に、少しずつ「これだ」というものが見えてきた。

 153cmの私に与えられた12cmのヒールが新鮮で仕方がなかった。
 久しぶりに前髪が顎辺りまで伸びた。
 初めてでブリーチを3回やった。
 初カラーはエメラルドグリーンだった。
 胸元がざっくりと開いたトップスにどぎまぎした。
 ボリューム感いまいちの胸のてっぺんには絆創膏が貼られた。

 初めての体験に、毎度目の前がチカチカパチパチうるさかった。

 本番、早朝から車に乗り込み、高知から広島へと向かった。
 気持ちの良い緊張感であった。会場に着いて見上げたお兄さんの顔はプロの顔で背筋が伸びた。

 40分間の幕が開ける。
 お兄さんは真剣な表情で、私の髪にハサミを入れた。
 ものの10分で顎辺りまであった前髪は、生え際近くまで短くなり、全体がツンツンになった。セットをしてもらうと、40分はあっという間に過ぎた。

 審査員が見る中、12cmヒールに慣れない脚はプルプルしていた。

 気が付いたらモデルウォークは始まっていて、慣れないながらその時の自分の精一杯の姿勢と表情を作った。

 ただ堂々と。
 何も恥ずかしがるものはない。

 その瞬間だけ、自分でない誰かの気分であった。

 結果は振るわなかったけれど、私にとって、この経験は大きなものだった。

 このコンテストのために、髪に気を遣おうと思い始めた。肌の手入れを意識し始めた。表情の作り方を調べては、鏡の前で半目になった。
 自分に可能性を感じてくれたお兄さんに、少しでも間違いなかったと思わせられるように。

 コンテストの翌日、いつものように美容室に行き、撮影をした。
 コンテストの時とは少しメイクも服も変えて撮った。

 カメラの前に自分に胸を張れない私はいなかった。

 コンテストの準備期間、鏡の前に映る自分が恥ずかしくて、コンプレックスを笑って誤魔化しながら打ち明けていた。

 顎のラインが左右で全然違くて。
 目も小さくて。その上、左は奥二重だけど、右は一重で。
 胸も全然ないし。

「個性やし、それが魅力やきね」

 お兄さんは、私のコンプレックスを排除しようとしなかった。
 寧ろ、それを個性として活かしてくれた。

 「私」のままでいていいんだと思わせてくれた。

 非対称だらけの顔と小さい胸と低身長と。
 上げればきっとキリがない私のコンプレックスは、私の魅力として、武器となった。

 人に容姿を指摘されても、「チャーミングでしょ?」と笑顔で返せるようになった。
 人に「素敵だ」と褒められれば、素直に「ありがとう」と言えるようになった。
 前よりも鏡に映る自分が好きになった。
 もっと好きになれるように自分を磨くようになった。

 特別、凄い賞を取ったわけでもない。
 みんなに称賛されたわけでもない。
 ただ静かに、金髪のお兄さんの努力の欠片に触れた数か月間が私を変えてくれた。

 もう、虚勢を張る私はいない。

 もう、自分に自信を持てない私はいない。

 私は私のままでいいのだ。

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屈橋毬花 | 【紙に月】
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 自分の記録やこんなことがあったかもしれない物語をこれからもどんどん紡いでいきます。 サポートも嬉しいですが、アナタの「スキ」が励みになります。 ……いや、サポートとってもうれしいです!!!!