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【立花隆「知の巨人」の素顔】「田中角栄研究」が変えた日本のノンフィクション|後藤正治

文・後藤正治(ノンフィクション作家)

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後藤氏

田中角栄退陣の引き金

立花隆氏に、というよりも同時代に登場した数人の書き手に、敬意を抱き続けてきた。日本においてノンフィクションが本格的にスタートするのは1970年代であるが、おおよそ、この数人によって新しい分野の扉が開かれ、以降の世代の書き手がメシを食えるようになったといってもいいであろうから、である。

10年前、『中央公論』誌上で「探訪 名ノンフィクション」を連載した動機は、私なりに先達者たちの代表作をたどり、味わい、論じておきたいという気持があったからである。連載のスタート時、最終回は、立花氏の『田中角栄研究 全記録』にすることに決めていた。

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立花氏

「田中角栄研究 その金脈と人脈」が『文藝春秋』に掲載されたのは、1974(昭和49)年11月号である。

この2年前、田中内閣が発足している。懸案の日中国交回復を果たし、「日本列島改造」を掲げて突き進んでいたが、石油危機が勃発、列島はインフレと地価高騰に見舞われた。「今太閤」田中角栄の人気は下降線に入ってはいたが、権勢なお盛んだった。

これ以前から湯水のごとくにカネを使う政治家であることは知られていたが、金脈の詳細に踏み込み、実態を伝えたものはなかった。雑誌発売からひと月半後、田中は退陣する。一レポートが引き金となって政権に終止符が打たれる。前代未聞のことだった。

『田中角栄研究 全記録』(講談社文庫)は、以降2年の間に、文春に加え、各雑誌に発表された関連レポートを収録したものである。

この本について聞くため、文京区小石川にある通称、“猫ビル”に立花氏を訪ねた。

自身の評価はそんなに高くないんですよ――。会ってすぐ、氏が口にしたことである。

『全記録』の刊行後も金脈追及は継続され、『週刊朝日』誌上で「田中新金脈追及」「再開・田中新金脈追及」が連載され、『田中角栄 新金脈研究』(朝日文庫)としてまとめられている。仕事としては、こちらを評価したいという。

確かに、両著を読み比べると、個々の事例についての検証の精度は後者が高い。「動かぬ証拠をきちんと押さえた」仕事であった。雑誌取材班と新聞社の取材班の力量の相違もあったという。

ただ、インパクトの強さ、金脈構造を解明せんとした企図、雑誌におけるはじめての本格的な調査報道だったことなど、『全記録』の歴史的な意味と意義は動くまい。

《いまさら、田中首相の金権ぶりについては多言を要しまい。巷間伝えられるところによれば、総裁選では30億~50億円を使ったといわれ、参院選では500億~1000億円を使ったといわれる。また参院選後の第二次角福戦争では、党内を固めるために10億~15億円のお中元を配ったといわれる。

話半分としても、われわれ庶民には想像を絶する金額である。史上空前の金権選挙をやったといわれる糸山英太郎氏も、この金権ぶりの前には顔色なしであろう。

それにしても、これだけ金をバラまくからには、それだけの金がなければならない。それはいったいどこから出てくるのだろう。こんな素朴な疑問が生まれてくる》

「田中角栄研究 その金脈と人脈」の書き出しであるが、執筆の動機としてあったのは「シンプルに」この通りであったという。

田中角栄会見

会見で金脈問題を問われた田中角栄

網を絞り、足跡を追う

取材方法として採用されたのは、地味な作業の積み上げだった。

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