見出し画像

イ・ラン/いがらしみきお著 甘栗舎訳「何卒よろしくお願いいたします」 「今とは違う世界」の希望に触れる 評者・角田光代

「今とは違う世界」の希望に触れる

漫画家であるいがらしみきお氏と、ミュージシャン、映像作家、エッセイストなど各方面で活躍するイ・ラン氏の、2年にわたる往復書簡である。

初っぱなからおもしろい。保険について調べるうちに詳しくなりすぎたイ・ラン氏は保険会社で働きはじめたという。そこで上司に言われた言葉が「あらゆるものやすべての日常の本質を知ろうとしないで、見過ごしなさい」。この言葉は、本書における象徴的な言葉だ。どうやら、いがらし氏もイ・ラン氏も、それができないタイプの人間であり、それは、この社会で生きることを格段にむずかしくする、ということが次第にわかってくる。

2人の綴る手紙から、それぞれが属する社会が見える。しかし2人ともが本質的にそこに属しきれず、「社会の周辺にいながら、そこを出たり入ったりする人」たちだから、彼らの描く社会はいびつに見える。たとえばオウムのサリン事件、セウォル号沈没事故、東日本大震災、韓国での大規模な通信障害、そしてそれぞれの社会におけるパンデミック。個人的には韓国のチョンセ制度(賃貸住宅制度)やムダン(霊媒師)、カミナリ配達(Uber Eats的な存在)や高齢女性の貧困率の話がじつに興味深かった。いがらし氏の書く「ありえたかもしれない日本」を、そこに感じるのかもしれない。

ここから先は

554字
noteで展開する「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。同じ記事は、新サービス「文藝春秋 電子版」でお読みいただけます。新規登録なら「月あたり450円」から。詳しくはこちら→ https://bunshun.jp/bungeishunju

文藝春秋digital

¥900 / 月

月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…