池上彰さんの「今月の必読書」…『その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』
閉ざされた実態を明らかにした地道な取材
2017年から#MeToo運動がアメリカで始まり、瞬く間に日本を含む世界各国に広まりました。きっかけは、同年10月、アメリカの「ニューヨークタイムズ」が、ハリウッド映画界の大物プロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタインのセクハラを報道したこと。新聞報道を端緒にして、大勢の女性たちが「私も被害にあった」と名乗り出たことから「私も」というツイッターのハッシュタグが作られました。
憧れのハリウッド女優になるためには、大物プロデューサーの機嫌を損ねるわけにはいかないと、数多くの女性たちが性的な嫌がらせを受けても泣き寝入りをしてきました。
〈とても幼い頃から女の子たちは、映画に登場する魅力的な女性を素晴らしいと思い、そういう女性になりたいと思うように仕向けられている。そうやって大勢の女の子が女優になりたいと思う。運よく女優になった娘は、嫌がらせや厳しい体型維持のことなどを口に出すことができない。話せば自滅が待っている。それでその悪循環は続き、次の世代の女の子たちもハリウッドの夢を見ながら成長し、映画界が娘たちをひどい目に遭わせていることはだれにも知られずに来たのだ〉
なんだかアメリカに限らない話ですね。「よくあることだよ」と不問に付されてきたことを、「ニューヨークタイムズ」の2人の調査報道記者が地道な取材で暴いたのです。
新聞記者が、プロデューサーからセクハラの被害を受けた女優たちから、どうすれば被害の内容を聞き出すことができるのか。考えてみてください。そもそもハリウッド女優たちの個人的なメールアドレスや携帯電話番号を聞き出すのは容易なことではありません。所属会社の広報やマネージャーたちは、こうした取材から女優たちを守る仕事をしているのですから、取材申し込みをしても相手にしてもらえません。
〈2017年6月の時点でワインスタイン調査におけるいちばん難しい問題は、トップ女優たちに電話取材を受けてもらうにはどうすればいいのか、ということだった〉
記者たちは、粘り強く伝手をたどって本人に接触を図ります。
取材を進めるうちに、被害者が被害を訴えようとすると、加害者側が示談を持ち掛け、示談金で口を塞いでいる例が次々に判明します。
〈アメリカ合衆国には性的嫌がらせの訴えをもみ消してしまうシステムがある。しかも、それは嫌がらせを止めさせるためではなく、逆に増長させるために機能しているのだ。女性たちは、自身の経験を語る権利を放棄する書類にサインさせられている。そして加害者はなおも犯罪を続け、新たな場所で同じように罪を重ねていく〉
この報道で女性たちは次々に声を上げます。これぞ新聞の力です。
(2020年10月号)
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