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正しいウォーキング法、教えます。「大股」「腕ふり」は間違い
正しく歩くためにはどうしたらいいのか? まずは姿勢を正しくすることから始めましょう。/文・田中尚喜(東京新宿メディカルセンターリハビリテーション士長) 取材・構成=秋山千佳
高齢者に必要なのは「遅筋」
この10年ほどの健康雑誌のトレンドを追ってみると、面白いことがわかります。股関節痛のブームが落ち着いたら次は膝、そしてふくらはぎ、肩甲骨……。これらの症状は、元をたどれば一つの問題に行き着きます。「歩き方」。いずれも正しい歩き方ができていれば症状は出ません。
実は、日本人の9割は間違った歩き方をしています。間違った歩き方の最たるものは、「大股で、腕を振って、速く歩く」こと。特に高齢者の場合、「膝を曲げたまま」「上体を左右に大きく振る」「必要以上に足を持ち上げる」歩き方も目立ちます。
こうした歩き方に対し、私は「小股で、腕を振らず、ゆっくり歩く」のが正しい歩行であり、健康寿命を延ばして、死ぬまで自分の足で歩くことに繋がると考えています。
田中氏
鴨長明の『方丈記』に、「常に歩き、常に働くは、養生なるべし」というくだりがあります。約800年前の当時は着物ですから、歩くにも自然と小股になっていたでしょう。交通機関が発達していなかった江戸時代には、人々は1日3万歩歩いていたという説もあります。それだけ歩けるということは、「膝が痛い」「股関節が痛い」などのトラブルも現代のようにはなかったと推測されます。
翻って、歩かなくて済む便利な生活環境となった今、そもそも人々の歩行能力は衰えています。ただ、間違った歩き方が蔓延した背景には、1990年代に起きたウォーキングブームの影響も大きい。ブームの最中、運動量が大きくなるエクササイズとして、「大股で、腕を振って、速く歩く」というウォーキング法が喧伝されました。これが理想の歩き方であるかのような誤解が定着し、今ではテレビで俳優やモデルがこのように歩く姿が頻繁に見られます。
しかし若いうちはともかく、高齢者になって間違った歩き方を続ければ、様々な弊害を招きます。
大股で歩くには腕を大きく振る必要がありますが、その反動として重心が後ろに残ってしまい、足に過剰な負担がかかります。少し歩いただけであちこち痛くなり、疲れてしまう。お尻が垂れ、太ももやふくらはぎが太くなったり、肉離れやアキレス腱断裂を起こしやすくなります。
そして、歩き方と表裏一体である姿勢も崩れやすくなる。姿勢が崩れると、腰痛や膝痛、肩こりに繋がります。お腹が出るなど体型の崩れを招き、代謝が悪くなることで生活習慣病のリスクも高まるのです。
反対に、「小股で、腕を振らず、ゆっくり歩く」という正しい歩き方をしていれば、ちょっと歩いたくらいでは疲れません。その差は、使う筋肉の違いから生じています。
正しい歩き方で主に使うのは、「遅筋」を中心とした筋肉。遅筋は体の奥に多く、ゆっくり収縮し、持久力に優れていて疲れにくく、ケガをしにくいのが特徴です。
一方、大股やガニ股といった間違った歩き方にダメージが出やすいのは、「速筋」を使っているから。体の表面近くに多く、すばやく収縮して瞬発力に優れており、鍛えることで隆々とした筋肉になるのはこちらです。しかし、疲れやすくケガをしやすいという特徴があります。
遅筋は大きな力は発揮しませんが、立つ、歩く、座るといった日常動作の中心となる筋肉です。つまり、普通の高齢者にとっては、速筋よりも遅筋を鍛えた方が良い。高齢者の大股歩きにメリットがないことを理解して頂けたでしょうか。
後ろ歩きトレーニングを
では、正しく歩くためにはどうしたらいいか。
まずは姿勢を正しくすることから始めましょう。ポイントは、「お尻の筋肉(大臀筋)を意識して肛門をしめる」こと。肩に力を入れず、下腹部に力を入れて立つよう心がければ、耳の後ろから肩や腰、膝を通ってくるぶしまでが一直線になる姿勢を作れる。この姿勢だと体の前後のバランスが取れた状態になり、筋肉に過度の負担を強いません。
正しい歩き方を簡潔に示すと、次のようになります。
「後ろの脚の親指(母趾)の先で地面を押して、重心を前方に送り出し、反対の脚で体を支える。後ろの脚が前に振り出され、かかとからしっかり着地する。着地の際、膝は伸びており、脚は体より前に出ない」
ただ、やってみて意外に難しいと感じる人もいることでしょう。
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