【全文公開】どんな未来になっても 角田光代さんの「わたしのベスト3」
作家の角田光代さんが、令和に読み継ぎたい名著3冊を紹介します。
子どものころに第2次世界大戦を経験した開高健は、戦争とは何か、戦争を起こす人間とは何であるのかを、身をもって知ろうとした作家だと思う。『輝ける闇』でも『歩く影たち』でもいいのだけれど、『戦場の博物誌』を選んだのは、ここに「玉、砕ける」が収録されているからだ。
概念や論理ではなくて、生々しく具体的に、人間と戦争の姿を、ここにおさめられた作品は捉えていると私は思うのである。なんとなく、この先、開高健みたいな独特の癖のある文章は、読まれなくなっていくのではないかと懸念している(実際彼のある著作は一度絶版になり、2018年に復刊している)。読み継がれていかねばならない作家であり、小説だと思う。
ジョン・アーヴィングは昭和、平成と書き続け、きっとこの先もまだ長編小説を読ませてくれるだろうと私は信じている。私のいちばん好きな小説は1981年にアメリカで、86年に日本で出版された『ホテル・ニューハンプシャー』だ。そのほかの小説だってもちろんぜんぶおもしろいのだけれど、私がいちばんはじめに読んだのがこれ。前向きなかなしみが色濃く胸に残る小説である。その後も発表され続け、この先もされていくだろう作品群とともに、ニューハンプシャーもあたらしい読み手に受け継がれていってほしい。
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2冊とも昭和に刊行された本を挙げてしまったので、平成のはじめに出版された『TOKYO STYLE』を挙げたい。私は刊行時に買って、このごちゃごちゃした人間臭に興奮してページをめくった。バブル経済の終わりかけ、平成のはじめ、そういう時代の記録でもある。羅列される、東京に暮らす若い人たちの息づかい、生々しい暮らしの断片は、時代が変わっても、どんなに未来になっても、見る人には「わかる」感じがあり続けると思う。
音楽や絵画と同じく、でもべつの方法で、本は時代も時間も超える。年号を超えて私たちに届くものだ。絶版にさえならなければ、だけれど。
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