『IT』『シャイニング』『ドクター・スリープ』……スティーヴン・キング偏愛作家座談会!
映画『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』が大ヒット中。原作のスティーヴン・キングはどこがすごい?愛する作家たちがあの恐怖のシーンを語り尽くした!/冲方 丁(作家)×綿矢りさ(作家)×池上冬樹(文芸評論家) 司会・永嶋俊一郎(文藝春秋翻訳出版部部長)
インスタ世代に刺さった
永嶋 11月1日から、スティーヴン・キング原作の映画『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』が公開となります。2017年に公開された前編は日本を含めた各国で大ヒットし、ホラー映画のジャンルで世界興行収入歴代1位を樹立しました。その完結編です。
冲方 前編は映画館で観たんですけど、周りが若者ばっかりでした。映画が始まるまでキャーキャー騒いでいたと思ったら、暗くなるとピタッと止まって。「怖いかな? 怖いかな?」ってコソコソ言ってる。
池上 劇場はそういう空気が伝わってくるのがいいですよね。僕はWOWOWで観たからな。
綿矢 私も前編は出遅れてしまって、自宅で視聴しました。完結編は映画館で観たいな。
冲方 インスタ世代にすごく刺さったみたいですね。「どこが?」と思っていたら、黄色いレインコートのコスプレをして写真を撮るらしい。あのレインコートを着た主人公の弟のジョージーって、話の中ではピエロに腕を食いちぎられるんだけど、「お前ら、食べられたいのか?」って(笑)。
綿矢 ファンとしては嬉しいですが、何がきっかけで、『IT』を映画化したんですかね? もう30年以上前の小説で、一度映像化されているのに。
永嶋 キング作品の映像化ブームは、じわじわ来ていたんですよね。2013年には『アンダー・ザ・ドーム』が、2016年には『11/22/63』がテレビドラマ化されています。さらに、『IT』の大成功で映画化にも勢いがつき、11月末には『シャイニング』の続編である『ドクター・スリープ』が、来年1月には『ペット・セメタリー』が公開予定なんです。
冲方 キングって、世代を超えて受け継がれ始めてますよ。2016年にネットフリックスが配信して社会現象になった『ストレンジャー・シングス』を観ていると、『スタンド・バイ・ミー』『キャリー』『ミスト』を足して割ったような、キング作品のオマージュだらけなんです。
永嶋 まさに、キングブーム到来。今日は古参のキングファンである皆さんと、キング作品の魅力を存分に語り尽くしたいと思います。
『IT』は1986年に発表された、スティーヴン・キングによるホラー小説で、舞台は米国メイン州の架空の町・デリー。子供が次々と失踪する事件が発生する中、いじめられっ子で結成された「ルーザーズ・クラブ」の7人が、恐怖の殺人ピエロ・ペニーワイズに力を合わせて立ち向かう。
それから27年後、ペニーワイズが再び現れ、子供を襲い始める――。
今回のピエロは怖い
池上 ペニーワイズは27年周期で現れて、町や人々を襲っていきます。原作では、大人になった現在と、27年前の少年時代が交互に描かれる構成になっている。
『IT』は1990年にアメリカのテレビで映像化されましたが、原作の構成に忠実で、分かりにくかった。今回の映画でよかったのは、前編を少年編、完結編を大人編とばっさり分けたことでした。あの非常に長い、波乱に富んだ作品を映像化するには、それが正解だったのかと。
『IT/イット“それ”が見えたら、終わり。』(2017)
綿矢 私も90年版を観たことがあるんですけど、それと比べると今回は、映像の完成度や見せ場の迫力がすごく洗練されたなというのが第一印象でした。
冲方 昔の映像はちょっと野暮ったい印象で、ホラーだけど安心感があったんですよね。今回はCGの力で、ピエロが子供の腕を食いちぎるわ、捕らえた人間を空中にプカプカ浮かばせるわ……。キングのイマジネーションの中に潜んでいる残酷さが、映像としてはっきりと現れていましたね。
綿矢 ビジュアルで言うと、特にペニーワイズが格好よくなりましたね。90年版では現実でよく見るピエロの姿だったんですけど、今回は本当に“異形の者”という感じがする。服装も、前は赤、青、黄色という派手な色合いだったのに、新作は銀色がかっていて上品な印象です。
池上 今回のピエロは怖いよね。悪夢に出てきそうな感じで。
冲方 僕はピエロで、子供の頃の恐怖心を思い出しました。サンタクロースがすごく怖かったんです。急に現れるという点でペニーワイズと似ているんですけど、どこから家に侵入してくるんだろうと。うち、煙突ないのに……って、すごく大事なところに気づいてしまって(笑)。
編集者 ちょっと、すみません、これ……(綿矢さんがペニーワイズのコスプレをしている写真をスマホで見せにくる)。
綿矢 ああっ! 申し訳ありません、お目汚しを。ちょっと、好きすぎて……恥ずかしいです。
冲方 てっきりジョージーの黄色いレインコートのほうかと思ったら、食っちゃうほうなんですね(笑)。この格好で来てほしかったな。
綿矢 これで道を歩いてたら警察官に止められちゃう(笑)。
池上 でも、すごく似合ってる。
綿矢 今年の7月に、小説家などの集まりで、自分のなりたい格好になって遊ぼうという話になり。衣装やカツラを買って、メイクスタジオに行ったんです。
冲方 メイクもしてもらったんですか?
綿矢 そうですね。顔に白粉を塗ってもらって。眉を引く時が一番気分が高揚しました……。実際にやってみて分かったんですけど、ペニーワイズのメイクって、線が洗練されているんですよ。メイクスタジオの方は、頬に描いてある赤の曲線がポイントだって言っていました。これで頬の丸みが強調されて、幼い雰囲気が出る。昔のペニーワイズは顔が長いんですけど、今回はちょっと丸くて可愛いんです。どこかミッキーマウスに似てますよね?
冲方 確かに、こうやってペニーワイズの目元を隠して見てみると、顔の下半分は可愛いですね。
永嶋 あ、可愛い。素晴らしいな。
携帯がない時代の友情
冲方氏
冲方 『IT』は話としては明快で、殺人ピエロのペニーワイズを、子供達が協力して倒そうとするんですね。映画ではペニーワイズの隠れ家に踏み込むところで、彼らにとっての一番の恐怖である「仲間との分断」が執拗に描かれていました。部屋に1人だけ取り残されて孤立するとか、皆の声は聞こえるけど姿は見えないとか。そこを乗り越えて一致団結する。携帯がない時代の友情のあり方が見えて、みんな、そこに魅かれたんじゃないかと思います。
綿矢 ペニーワイズって途中から、登場回数が多くなるんですよね。こちらも慣れて、怖さがだんだん薄れてきたところで……最終的に子供達に鉄パイプでタコ殴りにされる(笑)。そこはエンタメ要素があって単純に楽しかったです。「俺たちが力を合わせれば、こんなやつ怖くないんだ!」という、幼少時代特有の万能感も味わえるし。夏休みに観たいなって思える映画でした。
池上 映画の中でペニーワイズは、子供が恐怖を感じるもの――例えば、絵画の中の不気味な女、虐待する父親などに姿形を変えて襲ってきます。キングが原作で描いていた人間の内面に潜む恐怖を、視覚的に上手く表現したのが、この映画のすごいところでした。
冲方 赤い風船が象徴的でしたね。風船が現れたところに何か起こるという、恐怖の合図みたいになっていて。キングって、ディテールを描写で積み重ねて、普遍的なモチーフにしてしまうんですよね。
日常に潜む“魔”
永嶋 排水溝も効果的に使われていました。映画で一番有名なシーンが、ジョージーが道端で排水溝を覗き込むと、ピエロの顔が出てくるところです。子供が感じる恐怖のイメージを、キングは本当にうまく捕まえて引っ張り出してくるなと。
冲方 ペニーワイズは地下の下水道を棲家にしている。足下には別世界が広がっているというのが、キングのリアリティーなんでしょうね。
綿矢 私、排水溝がどこかに繋がっているとか考えたこともなかったんですけど、下水は血や髪とかを連想させるし、そういう異世界に繋がる黒い穴なんやなって。キングは日常に潜む“魔”みたいなものを書いてくれていると気づきました。例えば、ゴキブリを見て反射的に「気持ち悪い!」と思うのとは、また違う感性なんですよね。
冲方 キングって今、72歳ですか? そんな感性をその歳まで持ち続けるのって、かなり生きづらそうです。部屋の電気とか怖くて絶対消せないじゃないですか(笑)。
池上 一つ気になったのは、映画では原作のあるシーンを避けていたなと。ルーザーズ・クラブの面々がペニーワイズとの決闘のため、彼の棲家に乗り込んでいく。最後に地下のトンネルで迷って抜け出せなくなるのですが、原作では、ただ1人の女子であるべヴァリーが、皆の結束を強めるためにある提案をする。性を通して大人になるための一種の通過儀礼なんですが、あの場面はちょっと驚きますね。
冲方 映画にすると、児童ポルノになりますもんね。「大人になれば怖くない」って理屈は分かるんだけど、その手段がすごかったですね。子供であることを自ら喪失するシーン。僕はたまに、「あれって実は自分の妄想で、本当は書かれていないんじゃないかな」って思うことがあるんです。だけど、読むとやっぱり出てくる。
池上 キングってああいう、普通の作家が絶対に書かないところまで踏み込んで書くんだけど、なぜか読者を強引に納得させてしまう力があって。でもあれは、映画だと絶対に出来ないシーンでしたね。
翻訳本を書き写そうと……
永嶋 僕は中学生の時にキングの小説にはまったのですが、皆さんも昔からファンですよね。
綿矢 そうですね。小学校の時、図書館に海外小説の文庫がずらーっと並んでいて、まさに青い背表紙の文春文庫とか、気になったものを手にとっていました。
冲方 僕は『ペット・セメタリー』を映画で観たのが最初かな。その後に、手に入れられる小説を片っ端から読みました。
池上 冲方さんの過去のインタビューを読んでびっくりしたんですけど、若い頃、キングの翻訳本を全部書き写していたんですって?
冲方 そうなんですよ、もう高校や大学の時代ですけど。
池上 『IT』も書き写そうとされたようで。
冲方 『IT』はまず図書館で文庫の1巻を借りるじゃないですか。そんなに長いことを知らなくて、一体いつ終わるんだろうと思いながら写していたら、4巻まであると聞いて。僕の高校時代はこれで終わってしまうと思って、やめました(笑)。
勉強にはなりましたけど、キングの場面描写への執着、偏執狂的な情念に精神をやられました。何々のサンドイッチ、何々のリボン、何々の、何々の……って延々と続くから、固有名詞で密閉されているような閉塞感を感じるんです。「これ、10分の1でいいんじゃないの?」っていうくらい、ひたすら書き続ける。しかもそれをちゃんと読ませるから、余計に恐ろしいです。
綿矢氏
綿矢 作家になってから、キングの『小説作法』を読んだんです。「たくさん読んで、たくさん書け」「語彙の道具箱が充実している人間が小説家として成功する」というふうに、すごく親切に小説の書き方について教えてくれるから、参考にしようと思って。そのなかで不思議だったんですけど、「何度も推敲して文章を削ぎ落としていけ」という助言があって。そっか、この人、これでも減らしたんや……って(笑)。
本を何回読んでも、なんでこれだけのものが、このスピードと構築力で生み出されるのかが分からなくて。読者を巻き込むパワーにずっと魅かれ続けていますね。でも、作品を読んでから、思い出して人にあらすじを説明しようとすると、ちょっとチープになっちゃう。
冲方 『ドランのキャデラック』が気の狂った小説で。妻を殺したマフィアに復讐するために、車が1台分入る落とし穴を一晩中掘り続ける話です。掘っている男の耳元で、奥さんの亡霊が「そんなもんなの?」ってずっと囁き続けて、叱咤激励する(笑)。
親指バースデーケーキ
池上 話を聞くと笑っちゃうんだけど、文章を読んでいるとなぜかゾクゾクして怖くなってしまう。そこが面白いですね。
キングの描写力って、すごいです。人間の高貴さから猥雑さまで、混沌としたものを全て文章に込めて描く力がある。だから長さには長さの理由があるんだと、納得はするんだけど。それにしても長い。
綿矢 小説全体は長いんですけど、恐怖のシーンって意外と一瞬で終わるんです。キングのその瞬発力、スピード感がすごくて。
『ミザリー』は、小説家のポールが熱狂的ファンの自宅に拘束・監禁される話ですが、切断されたポールの親指がバースデーケーキの蝋燭に見立てられて、ハッピバースデートゥーユー♪ みたいに入ってくるシーンがあります。それがたった一行。でも、あの“親指バースデーケーキ”は、私の心の中に一番残っているんですよね。言葉を選び抜いて、鋭さもあるから、かっこいい。
冲方 小説の書き方でもう1つ言えば、構成がお手玉をしているみたいにめちゃくちゃなんですよ。でも、破綻はしない。キングの連想で書いている感じがします。どこに行き着くか分からなくて、気持ちが悪くなる時がありますね。
綿矢 確かに、思い出そうとしても、構成って見えづらいですね。週刊連載の漫画みたいに、盛り上がりの連動が続いていく。
『小説作法』でキングは、まずはコルクが敷き詰めてある居酒屋の床を思いついて、それが素敵だからそこから書く、ということを言っていたんです。「すごいな、この人」って。そんな日常風景から、いろんなモンスターを生み出していくから。
池上 プロットや人物の履歴書は全く作らずに、最初は状況設定を考えるって書いてありましたね。ストーリーというのは地中に埋もれた化石のように探しあてるべきものだ、とも言っている。
冲方 しかも些細な思いつきも、この人の場合はなんかちょっと斜め45度を行っているんです。僕が大好きな『なにもかもが究極的』は、「ある時、ティーンエイジャーがコインを下水口に投げ込んでいる場面を思いついた」っていうんです。そんなイメージが湧いた瞬間に何としても物語にしたくなるのって、もうなんか、キングだなと。僕なら「なんか変な夢見たな」で終わらせるので。
キングはなんでそこから、息を吐くように書けるんでしょうね。
排水口から手の指が
冲方 長編はもちろんのこと、短編も面白いですよね。
永嶋 僕が好きなのは、『動く指』という話で。バスルームにある洗面台の排水口から何の理由もなく手の指が出てきて、気持ち悪くて仕方ないからどうにかしようとする、というだけなんですけど。それで一編書けてしまっているんです。
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