シヤチハタ社長の告白「“脱ハンコ”の流れはチャンスでもある」
コロナをきっかけに各界ですすむ「脱ハンコ」。そんな今、シヤチハタの社長は何を思う?/文・舟橋正剛(シャチハタ社長)
<この記事のポイント>
●「ハンコといえばシヤチハタ」と思われているが、正確にいうとシヤチハタはハンコの会社ではない
●実はシヤチハタは「パソコン決済」という電子印鑑を長年、開発してきた
●ネーム印やスタンプを主力商品とするシヤチハタが電子印鑑という自分の首を絞めるようなものに取り組んできたのには理由がある
舟橋氏
精神的なダメージが大きい
河野太郎行革大臣が「脱ハンコ」を掲げてから、「シヤチハタさんは大丈夫ですか?」と何度か尋ねられました。ありがたいことに「ハンコといえばシヤチハタ」と思われている方もたくさんいらっしゃるようなのですが、正確にいうとシヤチハタはハンコの会社ではありません。
ハンコは正式には「印章」といいます。印章を押して紙に写ったものが「印影」です。そして、役所や銀行に届けてある印影が「印鑑」。印鑑証明の「印鑑」ですね。そのため、実印を指して印鑑ということもあります。
弊社が主に取り扱っているのは、インキ浸透式のネーム印や、日付を押すデート印、オーダーメイドで作る住所スタンプ、それからスタンプ台や朱肉。印章、つまり朱肉をつけて押印する硬いハンコは製造していないんです。
今回の「脱ハンコ」は主に行政手続きでの本当に必要ではないハンコをなくす、ということだと思います。行政手続きの押印が廃止されることで、弊社が受ける打撃はすごく大きいわけではありません。ネーム印やスタンプ類は、もともと行政手続きでは使われていないからです。
市区町村の役所に提出する各種書類は、ご承知のように「シヤチハタ不可」が一般的です。ネーム印は、印面がゴム製で柔らかいから変形しやすい、というのが理由です。
また、官公庁ではオフィスでも「シヤチハタ不可」のところが多いようです。出勤簿に押すのも、朱肉を使うハンコでなければいけない、と聞いたことがあります。
もちろん、だからといって「脱ハンコ」は弊社と関係ないということではありません。10月半ばに河野大臣は、行政手続きの押印は99%を廃止できる見込みだと発表しました。押印が必要とされている約1万5000種類の手続きのうち、各府省が押印を継続するのは1%未満の111種類ということです。
河野大臣
これに先立って婚姻届、離婚届の押印も廃止を検討しているとの報道もありました。その後、文部科学省は学校と家庭の連絡は文書からメールなどに切り替えるようにと都道府県の教育委員会などに通知しました。
こうした動きは、当然、民間企業にも広がっていくと思います。すでに自粛期間中にハンコの全面廃止を宣言して話題になった企業もありました。今後、紙にハンコを押すという行為自体が減っていけば、ネーム印やスタンプを使う場面も少なくなっていくでしょう。
長期的な影響は当然ありますが、「脱ハンコ」によってすぐに弊社の商品が無くなってしまうとは想定していません。しかし、「ハンコなんかいらない」と言われてしまう精神的なダメージはやっぱり大きいですね。これで年末の流行語大賞に「脱ハンコ」「ハンコ廃止」がノミネートされたりしたら、ハンコが話題になって嬉しいやら悲しいやら……。
ハンコがスケープゴートに
今回の「脱ハンコ」は新型コロナの自粛期間中の「ハンコを押すためだけに出社する」というニュースがきっかけだったように思います。ハンコが無駄の象徴というか、悪者扱いされていますが、そもそもの問題は決裁や承認の仕組みがデジタル化やリモートワークに対応していなかったこと。行政がデジタル化を進めるにあたって、ハンコがスケープゴートにされた印象です。
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