旬選ジャーナル<目利きが選ぶ一押しニュース>|與那覇潤
【一押しNEWS】「競争」から「協力」へ/3月25日、ニューヨーク・タイムズ(筆者=マット・リーコック)
與那覇潤(歴史学者)
小野卓也さんという、山形県でお寺の住職をしながら長年ボードゲームの普及に取り組まれている方がいる。同氏のブログ「TGiW」(Table Games in the World。本年3月30日)で、このマット・リーコックのニューヨーク・タイムズ(以下、NYT)への寄稿(同月25日)を知った。
リーコックは『パンデミック』という、世界的なベストセラー・ボードゲームの考案者。世界地図を描いたボードの上で、拡散してゆく4種類の病原体コマを除去する「協力ゲーム」の古典だ。
協力ゲームとは、プレイヤー間で1位の座を争うのではなく、逆に全員が協力して課題を解決することをめざすゲームのこと。NYTへの寄稿でリーコックは、着想のきっかけが新婚時代の奥さんとのトラブルだったと明かしている。
競いあうタイプのゲームの最中に、彼が妻を騙したり裏切ったりしたところ、終了後も気まずい空気になってしまった。そこでプレイヤーどうしが協力しあうゲームを試したところ、一人ひとりがバラバラに勝利をめざす際には得られない満足感が湧いた。制作を開始したのは2004年で、直前のSARSの流行に影響されて、テーマを「ウィルスから世界を救う」ことに決めたという。
『パンデミック』では毎ターン、カードを引いて、ウィルスコマが出現する都市を決める。感染爆発カードが一定の枚数仕込まれており、1都市に4コマ以上置かれてしまうとオーバーシュート(説明書の表記ではアウトブレイク)する。このとき使用済みのカードを切りなおして山札の最上部に戻す結果、「一度感染者が出た都市は、また出やすい=危険度が高い」状態が生まれるルールが巧みだ。
既定のターン内にワクチン4種を開発できれば勝利だが、そのためには様々な職業(最初に割り当てられる)に就く各プレイヤーの協力が不可欠だ。地図上の移動力が高い、ウィルスを多く除去できるなど、自分の個性を活かして助けあう。そうした体験は、目下のコロナ危機に対してどう振る舞うかのチュートリアルにもなると、リーコックは助言する。
眼前で進行中の厄災を連想させる「遊び」を取りあげるのは、一見すると不謹慎だと叩かれそうだが、それに臆さなかったのはリーコックとNYTの見識だろう。むしろゲームという疑似体験から、パニックの時こそ他人を攻撃したり、足を引っ張りあうのではなく、助けあうことの大切さを体得できると訴える。
実は東京都で外出自粛要請が出る前の週末、自宅で私も友人と姉妹作品『パンデミック:イベリア』で遊んだ。19世紀のスペインが舞台なので、水の浄化や啓蒙活動で病気の発生を防いだり、有事に素早く移動できるよう鉄道を敷いたりする、独自の要素が追加されている。
4種の病気それぞれに個性(広がりやすい、除去しにくい)をつけるなどの上級ルールもある。課題の達成には病院建設が必須だが、一度建てるとむしろ患者が殺到(コマがボード上を移動)して医療崩壊を誘発するという、いまとなっては予言的な設定を加えることもできる。思わず「イタリア・オプション」と勝手に命名してしまったが、これは本当に不謹慎でした。すみません。
ゲームを「競争」の同義語だと考えてきたことは、我々の思い込みに過ぎなかったと、文中でリーコックは指摘する。同様にサバイバルもまた、競争よりもむしろ「協力」の同義語でありえるはずなのだ。トランプ登場以来、国際社会を「食うか食われるか」の舞台だと見なしがちだった私たちが、今回の危機から思考を転換できるかどうか。それはこうした「遊び心」にこそかかっている。
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