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ポール・ヴァレリー|愛情の森
Text|Seiji Shimada
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ポール・ヴァレリー|Paul Valéry(1871-1945)
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ポール・ヴァレリー
——ナルシスの見つめる詩——
「風立ちぬ、いざ生きめやも」——宮崎駿の映画『風立ちぬ』で引用された詩句、これはポール・ヴァレリーの詩『海辺の墓地』に書かれたものである。ヴァレリーといえば、わたしたちには詩人というよりも、残された厖大なノート(カイエ)や『精神の危機』などの著作から、「思考する人」というイメージが強いかもしれない。けれど、彼による詩は、驚くほど抒情的である。まるでたゆたう繊細な感性をつま弾くような……それでいてどこか硬質なものを感じるのは、やはり彼のもつ透徹した眼差しがあらわれているためであろうか。
ヴァレリーは、1871年に南フランスの港町セートで生まれた。父はコルシカ出身の税関史、母はイタリアのジェノヴァ出身で、地中海は彼の感性に大きな影響を与えた。「ほっそりとした顔立ちで、くすんだ顔色の、気まぐれで、歌うような声で話す」少年だったという。
1884年、セートの町で猛威をふるったコレラから逃れるため、彼は兄のいるモンペリエへと居を移した。詩作や絵画に惹かれ始めたのもこの頃だった。やがてモンペリエ大学へ入学した彼は、1890年5月、運命的な出会いを果たすことになる。大学創立記念の祝祭のさなか、カフェでヴァレリーの隣席に座ったのは、なんという偶然か——パリからやってきた詩人ピエール・ルイスだったのだ!
二人は瞬時にお互いの持つ詩的感性を嗅ぎ取り、熱い友情を結んだ。ルイスがヴァレリーより一つだけ年上の同年代であったことも功を奏したかもしれない。ヴァレリーの才能に感動したルイスは、すぐさま文学仲間であったアンドレ・ジッドに彼と彼の詩を紹介する。こうして、三人の青年による情熱と愛(そして時々のいさかい)溢れる文通が始まったのである。『愛情の森』は、そんな三つ巴ともとれる関係のなかで生まれた詩であった。
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『愛情の森』について
1890年12月21日、ヴァレリーからルイスへと送られた書簡に、この詩が添えられている。ちょうど130年前の今頃である。ヴァレリーは、この手紙の中でジッドについて次のように書き残した。
私は「友愛(愛情)の森」という一篇のソネットを作りました(しかも、ジッドは私がそれを彼に捧げるのを受け入れてくれました)。(…)ジッドは、青年たちの中で、最も好ましい、最も夢見がちで、最も密かに音楽的で、最も情のある人間です。
ジッドとヴァレリー、二人の関係は当初ルイスを介したものだったが、徐々に近しいものになってゆく。ヴァレリーは、「この前の夜、私たちはジッドと一緒に、月明かりのもと、(私のような)人間にとっては抑止したり、うまく導いたりするのがきわめて困難な、芸術家のあの内的生活についておしゃべりしていました。」と同じ書簡の中に書いているが、この夜は実際にはジッドとヴァレリー二人きりであったと考えられている。
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あえて“私たち”と書いて、二人以外にも誰かがいたかのように見せかけているのは、その場にいなかったルイスに対する配慮というだけなのだろうか? この手紙以外にも、三人のやり取りには相手を崇拝するような数々の文言が散りばめられており、文学とはかくも関係を情熱的にする力があるのだと改めて思わされる。
この詩に関しては、研究者の間では「友愛」であるというのが通説だが、ジッド、ヴァレリーはともに同性愛的な傾向があったことを考えると、必ずしもそうとは言い切れないような、曖昧で危うい関係性だった可能性が否定できない。ただ、確かに分かるのは、この詩に込められた思いやり、そして優しさである。ヴァレリーの人柄と、二人の間に満ちる純粋なるatmosphère(ムード)が透けて見える『愛情の森』は、後に家族ぐるみで長い付き合いをする二人の、穏やかな未来をも暗示しているようだ。
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本記事は、モーヴ街7番地《SCRIPTORIUM|菫色の写字室》内「佐分利史子の写字室」と連動しています。
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作家名|佐分利史子
作品名|愛情の森
ガッシュ・アルシュ紙
作品サイズ|横26.5cm×縦24.5cm
額込みサイズ|横32.7cm×縦30.3cm×高さ4.3cm
制作年|2020年(新作)
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