シュツットガルト・バレエ団 「オネーギン」 11月2日 感想
出演
バレエの真髄、シュツットガルト・バレエ団が贈る「オネーギン」
シュツットガルト・バレエ団の代表作である「オネーギン」。
ジョン・クランコがアレクサンドル・プーシキンの韻文小説「エフゲニー・オネーギン」にインスピレーションを得て、1965年にバレエ『オネーギン』を振り付けました。この作品は、クラシックバレエの枠を超えた深い物語性と人間の感情表現を融合させた傑作とされています。
クランコの振り付けは技巧的な難度の高いパッセージが続く中、物語性のある動きが散りばめられており、キャラクターの感情や関係性が視覚的に描かれていました。まるで小説を読み、古典絵画を眺めているかのような錯覚に陥ってしまうような感覚で見れるドラマティック・バレエ。
秋の美とチャイコフスキーの調べに包まれた舞台
チャイコフスキーの旋律が響く中、ユルゲン・ローゼによる秋めく舞台装置と19世紀のロシア貴族の女性たちの淡いトーンのグラデーションのドレスがまるで詩と絵画を織り交ぜたかのような視覚的な美しさを醸し出していました。バレエのシーンに応じて変化する舞台装置は、時に詩的であり、自然の美しさも取り入れられ、観客に深い没入感を与えるものでした。オネーギンの衣裳は、彼の孤独と虚無を象徴するようにダークな色調である一方、タチヤーナの衣裳は物語の進行に応じて純粋さを表す柔らかな色合いから、大人びた落ち着いた色へと変化し、彼女の成長を反映しています。舞台・衣装・音楽がプーシキンの「オネーギン」の世界へと引き込みます。
オネーギンの中二病的な矛盾が生む悲劇
オネーギンの冷淡で自己中心的な性格は、虚無的な人間像を描き、現代で言う「中二病」的なキャラクターの先駆けともいえます。彼がタチヤーナに見せた無関心は単なる軽視ではなく、むしろ自分の感情に向き合うことへの恐れからくるものでしょう。反抗的な態度は、彼女への無意識の執着をあえて否定する形で現れ、最後には彼女への愛を認めて後悔します。この自己矛盾が、未熟な彼を苦しめ、物語に深い悲劇性を与えています。
感想
1幕
1場 ラリーナ夫人邸の庭
読書好きで物静かな姉のタチヤーナと、陽気で少しコケティッシュな妹オリガの関係性が描かれ、マッケンジー・ブラウンとガブリエル・フィゲレドという若手2人のフレッシュな踊りが印象的でした。この2人がオネーギンとタチヤーナを継承するかもしれません。フリーデマン・フォーゲルのオネーギンは、登場時から気鬱そうで、どこか冷めた目で人間を見ている雰囲気を醸し出しており、無口で何を考えているのかわからない部分が女性にとって魅力的に映ることが理解できました。
2場 タチヤーナの寝室
オネーギンに恋したタチヤーナが夢の中で自分の創り上げた理想のオネーギンと踊る鏡のパ・ド・ドゥではリフトが多用され、繊細なバランスが求められましたが、フォーゲルの安定したパートナーリングは圧巻でした。鏡の中に戻る際に手招きするポーズが色っぽくて印象的でした。フォーゲルはオネーギンという役柄が体に染みついているかのようで、役柄と見事に一致していました。
2幕
1場 タチヤーナの名の日
タチヤーナの名の祝いの舞踏会。コールドの踊りも華やかで、全幕を通して飽きさせません。群舞の振付が素晴らしく、ダンサーたちが各シーンの情景と雰囲気を見事に作り上げていました。オネーギンの根暗で反抗的な性格がタチヤーナへの無意識の執着や興味を、あえて否定する形で現れたのが手紙を破る行動なのだと思うけどどこまでいっても慇懃無礼な奴だなと呆れてしまった。オネーギンに傷つけられ混乱するタチヤーナのVAでは、エリサ・バデネスの踊りが安定感とスピード感を併せ持ち、素晴らしいものでした。特に足さばきの巧みさは圧巻です。親友から決闘を申し込まれてもオネーギンの表情には反省の色がなく「なるようになれ」という態度が見受けられ、この男のどうしようもなさを感じさせる演技でした。
2場 決闘の場
オネーギンとレンスキーの決闘シーンでは、月明かりに照らされた森林のセットが優美で物寂しい印象を与えました。ここでのレンスキーのVAは、くだらないいさかいで決闘に発展してしまった戸惑いや後悔が見事に表現され、「引くに引けないのだな」と感じました。ガブリエル・フィゲレドの踊りと演技も秀逸でした。この後、姉妹がオネーギンとレンスキーを止めに入るのだがその必死さも空しく、オネーギンのソロの太腿を叩く動きは、決闘を煽るかのようで、彼のどうしようもない性格を強く感じさせました。
3幕 1場 サンクトペテルブルクオネーギンとの出会いをきっかけに、タチヤーナは大きな変化を遂げ、グレーミン公爵の誠実な愛情により理性と思慮深さを備えた大人の女性へと成長していました。グレーミンとのパ・ド・ドゥは穏やかで情感豊かでお互いが真心で結ばれたパートナーだということを周知の事実として知らしめるものでした。場面転換ではオネーギン視点でタチヤーナとの出会いから別れまでの出来事が走馬灯のように描かれ、そこには親友を決闘で殺してしまったあの出来事も含まれていたのだが、それでもタチヤーナへの止まらぬ想いが表現されました。
2場 タチヤーナの寝室
フォーゲルが演じるオネーギンは、ひざまずき頭を垂れ、ひたむきに許しを求めながら愛を捧げようとし、タチヤーナにも自分への愛を求めます。その感情は揺るぎないものの、踊りは非常にハードで、長年ペアを組んできた2人の息の合ったリフトとサポートが観客に深い感動を与えました。互いに惹かれながらも平行線を歩むと理解したタチヤーナとオネーギン。タチヤーナは彼を赦しつつも、共に歩むことはできないと悟り、矛盾した心に静かに決別を告げました。タチヤーナの「あなたを受け入れることはできない」という決意が胸に深く響き、涙が止まりませんでした。
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