「たくさんの言葉を、可能な限り正確に集めることは、歪みの少ない鏡を手に入れることだ」 舟を編む
三浦しをんさんの「舟を編む」を読んだ。
1冊の辞書の出版に携わる人々の情熱と執着。
誰も傷つけることない、最上級に心が豊かになるストーリー。
分量、文体そして内容の全てにおいて、読みやすさ◎の本。
普段使っている私たちの言葉の重みや精緻さを発見することができた。
言葉を発することで、私たちは何かを共有し、喜び、悲しみ、苦しみを一緒に感じることができる。
日頃から、言葉って本当に難しいと思う。
会話している時、頭で考えていることを言葉に変換しようとするけど、的確な言葉が出てこなくて、もどかしくなる。霞の中で両手をあがいて、何か形を掴みたいんだけど、丁度いい言葉は生まれない。言葉の完璧さを求めるばかりに、何も発せない。
本当に伝えたい気持ちや考えが消えてしまうことは頻繁にある。
日頃から小説を読んで文字に触れることで、誰かと会話するときに、伝えたいことに少しでも近い言葉をつかめるように、訓練しなくてはいけない。
「辞書づくりに取り組むものにとって大切なのは、実践と思考の飽くなき繰り返しです」
主人公は馬締光也(まじめみつや)
営業部ではお荷物だったものの、辞書編纂に必要な実直さや言葉に対する鋭い感覚、そして独特の美学(まじめくんの趣味はエスカレーターに乗る人を見ること。人々がエスカレーターに吸い込まれていく際、動かない人は左へ、急ぎで登る人は右の列へ、分類されていく様が美しいそうだ)を持つことから、荒木にその才能を見出され、辞書編集部へ異動する。
「一冊の辞書にまとめることができたと思った瞬間に、再び言葉は捕獲できない蠢きとなって、すり抜け、形を変えていってしまう。馬締にできるのはただ、言葉の終わりなき運動、膨大な熱量の、一瞬の有様をより正確にすくいとり、文字で記すことだけだ」
コミュニケーション能力の乏しいまじめが、正反対の性格を持つ西岡と一緒に仕事をして、不器用にも友情を築いていく。
「たくさんの言葉を、可能な限り正確に集めることは、歪みの少ない鏡を手に入れることだ。歪みが少なければ少ないほど、そこに心を写して相手に差し出したとき、気持ちや考えが深くはっきりと伝わる。」
15年の歳月をかけて、40万字以上を一つにまとめ、「大渡海」という辞書を作りあげる。
玄武書房の影の立役者、松本先生
辞書編纂に生涯を捧げた彼は、「大渡海」が完成する1ヶ月前に亡くなってしまう。
「先生の全てが失われたわけではない。言葉があるからこそ、一番大切なものが俺たちの心の中に残った。生命活動が終わっても、肉体が灰となっても。物理的なしを超えてなお、魂は生き続けることがあるのだとあかすもの。先生のたたずまい、先生の言動。それらを語り合い、記憶を分け合い伝えていくためには、絶対に言葉が必要だ。」
登場人物に誰も悪役なんていない、優しいお味噌汁みたいなお話だった。
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