ソウルへ:旅中のメモ(11) 最終回

旅中のメモ(11)

2023年8月26日6:00~13:00

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朝6時過ぎに起きて、非常にぼんやりした心持ちで仁川空港へ向かう。来るときにはあまり気にならなかったが、フライトに間に合わせることを考えると、仁川空港は成田に引けをとらないほどアクセスが悪い。
急行のチケットを買ったあとで、急行の本数が少なすぎるせいで各停のほうが早く着くことに気がつく。払い戻しをしてもらい、別のホームまで行って各駅停車に乗る。

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何日にもわたってソウルに滞在していたけれど、大きなトラブルはまったく起きなかった。それなのに最後になってひどくうっかりして、帰りの機内でスマホを失くしてしまう。
離陸までの時間が長く、機内がなんだかあたたかかったので、いつのまにか居眠りをしていた。飛行機が離陸したときのことを、まったく覚えていない。
目が覚めるともう飛行機は空を飛んでおり、床に置いていた鞄が倒れ、中のスマホが見当たらなくなっていた。

たぶん、飛行機が飛んだときに鞄が倒れて、スマホが滑り落ちたのに気づかなかったのだと思う。機体が上方に向いていたから、スマホは絨毯の敷かれた床をつるつるとすべり、後ろの席のほうに消えていってしまったに違いない。
財布やパスポートをなくすよりは少しばかりましだけれど、そうだとしても相当、困る。

すぐに乗務員に届け出たけれど、届け出たところで見つかるわけではない。
韓国語と英語で探しもののアナウンスをしてくれたけれど、ほとんどの乗客は見るからに眠りこけており、聞いていなかったと思う。恐らくみんなわたしと同じように、かなりの早起きをして空港まで来たのだろう。

あたりを探してみようとしても、乗客が席に座っている状態では、通路からはまったく床が見えない。到着時、乗客がみんな捌けてからでないと、床を点検することはできないのは明らかだった。

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みんなが起きてきた頃合いを見計らい、自分で訊いて回るという手もあるかもしれない。
その様子を想像するとかなり滑稽だけれど、背に腹は変えられないので、紙とペンを取り出し、I LOST MY PHONE ON THE FLOOR IN THIS AIRPLANE PLEASE LET ME KNOW IF YOU FIND ITと書き、その下に日本語で似たようなことを書く。さらに韓国語に翻訳した文面をだれかに書いてもらおうと思ったけれど、やはりみんなぐっすりと眠っている。

ふたたび乗務員さんが声をかけてくれたので、文面を韓国語に翻訳してほしいと紙を渡したけれど、なぜか意図がよく伝わらない。彼女も少し慌てていて、わたしのペンを間違って自分のポケットにしまってしまう。生まれて初めて、This is my pen.と伝える。

その後、乗務員は日本語ができないので、あなたが日本語のアナウンスをしてほしいといきなり言われる(後から思えば、わたしがそうしたいと頼んだのだと勘違いされたのかもしれない)。

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文面を考える暇もなく、乗務員さんが韓国語と英語でアナウンスし、そしてアナウンス用のマイク(受話器のようなかたちをしたもの)をわたしに渡す。要領をえないまま、もごもごと変てこなアナウンスで窮状をうったえる運びになる。

「えーと……ご案内いたします(いや、これはご案内ではないのだから、お願いを申し上げますとでもいうべきではなかったか?)……えーと……機内で赤いiPhoneを落としてしまいました……もしご存じの方は乗務員の方にお知らせいただけると幸いです……よろしくお願いいたします……」

たぶん舌足らずのアナウンスを恥ずかしいと思うべきなのだろうけれど、あまりにおかしな展開のせいでむしろ笑いたくなってしまう。

いずれにしても、アナウンスをしたところで、やはり大半の人は眠っているように見えた。加えて言えば、日本語話者はたぶん乗客の20%くらいしかいなかっただろう。旅の恥は掻き捨て……。

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別の乗務員のひとに頼み、I LOST MY PHONE ON THE FLOOR IN THIS AIRPLANEの紙に、韓国語での書き込みをしてもらった。

数年前にも、海外のタクシーのなかで上着のポケットからスマホが滑り落ち、結局取り戻すことができなかったことを思い出す。自分が少しも成長していないことに気づき、落ち込む。
LINEのIDが引き継げないから連絡先がわからなくなるひとがたくさんいるし、たぶんクラウド同期しそびれていた写真もたくさんあるだろう。

機内のだれもが眠っている。わたしもフライト中は眠り続けているはずだったのに、さすがに目が冴えてしまっている。

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結局だれがそれを見つけてくれたのか、正確なところはよくわからない。
まもなく着陸の準備がはじまるというときに、乗務員さんがわたしの席までスマホを持ってきてくれた。目を覚ました乗客が気づいて拾ってくれたのかもしれないし、乗務員さんが見つけ出してくれたのかもしれない。

Congratulation!と隣の席の女の子がわたしに言う。わたしもかなり晴れやかな心持ちになり、思わずお礼のメモをしたため、乗務員さんにそれを手渡してから飛行機を降りた。

「スマホを見つけてくれてありがとうございました☺︎ おかげで旅を楽しく終えることができました。◯◯航空の皆さんに、ビッグラヴ!」

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(まさかソウル滞在がこんな終わり方をするなんて、と思いつつ、旅行記もこれで、おしまい。)

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