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MIMMIのサーガあるいは年代記 ー4ー

      「迷惑もハローワークもあるかい!」 映画アウトレイジより

    壬寅(みずのえとら) 文月  ー桃子の夏祭りー

 桃子をとりまく環境は波瀾万丈、一般市民の閾値しきいちを超えまくっていましたが、本人はそれなりに”女の子”幼児の普通の成長をしていました。ですが、ここに後年の彼女を予想できる一つの挿話が伝わっています。「一書に曰く」とでももうせましょうか。

 それは村の夏祭りの夕方でした。村といっても人家が密集しているのはお爺さんとお婆さんの大邸宅からずいぶん離れたとこにありましたが、盆踊りの開始を告げる花火があがり、東京音頭や河内音頭が風に乗って緩やかに伝わってきます。時折、ABAの古いディスコミュージックが混じっているのは、高齢化社会の一興と申せましょうか。
 こんな流れる音楽を耳にした桃子は興味を示して、行ってみたいと周りにせがむのでした。彼女はこれまで盆踊りはもちろん夏祭りへ行ったことがありません。乳母やエリカたちがエキゾチックな踊りや夜店のことを語り合っているのを聞いて、興味をもったのです。去年まで彼女たちの会話の内容をよく理解していいませんでした。

 お爺さんやお婆さんを含めてすったもんだの議論があったのですが、結局、三人の家庭教師、エリカ、オフィーリアと橋本七海はしもとななみが厳重に護衛していくことになりました。議論のなかでは、元気なお兄さんが先に行って、盆踊りの人たちを全員排除してから桃子を行かせるとか、メキシコ出身のとてもとても危険なお兄さんたちに完全武装で周囲を警戒させる意見もでてきましたが、どちらも、桃子の盆踊り経験という目的に沿わないという、いたって常識的なところに落ち着きました。

 桃子が盆踊りの音頭にちょっとだけ浮かれて表門から下る道を歩いて行くのを、三人がガードしています。前方四五度にエリカと橋本七海が警戒し、背後はオフィーリアが受け持ちます。三人とも格闘技と接近戦闘のエキスパートですが、非武装でした。素手でもこの三人なら二十人ぐらいなら難なく相手ができます。ですが念のため、それぞれちょっとした武器に代わる物を携帯していました。

 エリカは金属製のムチです。金属といっても特殊合金製で鋼鉄よりもしなやかであるとともに強度があるもので、長さが一メートル半、太さは五ミリ程度です。革製の鞭よりしなやかで、柱などに相手が隠れてもその後頭部を切り裂くこともできますし、鞭の把手を持ち替えると、一本の棒の用にも使えます。この鞭の先には、威力を増すために比重が高い劣化ウランの固まりを付けています。彼女が振り下ろすこの金属製の鞭の先端は音速を超える速度で、相手を深く切り裂くか、体表に惨い傷だけを付けるか、相手の得物に絡みつくかします。この鞭を防げる常人はいないでしょう。ですから彼女の周り半径二メートル超は誰一人近寄れません。彼女に近寄るには、銃器を連射、制圧してからでないと無理ですが、国内であからさまにこんなことはできません。

 橋本七海は、胸ポケットにカラフルな色の筆記用具を四本挿していました。彼女がポケットから抜き取り、ミリタリー・マニアの一部が注視すれば、それが護身用のタクティカル・ペンだと気づいたでしょう。しかし形状はよく似ていますが違います。じつは棒手裏剣でした。タクティカル・ペンよりもずっと重く、先端はするどく、後ろに投擲時の弾道安定を増すための房がついていました。彼女は、これを左右の手で二つの目標に投げます。目標というのは、相手の目です。目が潰れるだけではありません。太く重い棒手裏剣は、脳の奥まで達しました。
 距離五メートル以内では必中です。五メートルを超えると胴体を狙うしかないのですが、彼女の約七メートル以内にはたやすく近寄れないのです。もちろんこの棒手裏剣は伝来のそれよりも威力のあるものです。

 オフィーリアは桃子の背後の少し離れたところをついていきます。彼女は背後の警戒です。彼女はいつも美術学生のように画板めいたものをキャンバス製のバッグにいれて肩から長い紐で吊していました。これはセラミック・プレートと防弾ケプラー繊維の多重層になった防弾・防刃盾で、弾丸に対してはレベルⅣに相当し、ライフル弾までは防弾効果が保証されています。また彼女自身も防弾アーマーをつけており、最悪の場合は桃子に覆い被さり人間の盾となることになっています。
 この防弾アーマーを目立ちにくくするため、彼女はいつもゆったりとした服を着ていました。ですから今日も、ゆったりしたワンピース姿で、長い裾を夜風に美しくたなびかせています。彼女の武器は、そのブラウスの下に装着した特殊警棒です。もちろんこれも彼女の独自仕様で、チタン合金でできており、その先端には威力を増すために劣化ウランが埋め込まれています。
 この特殊警棒を伸ばせば長さは九十センチにまでなりますが、棒の形状は円筒ではなく、鋭角と鈍角の凸部がつけられていましたから、剣のように切り裂く機能もあります。
 彼女はこの特殊警棒の柄を持つ角度を変えることによって、棍棒と剣を使い分けることができます。また先端の錘を取り替えると、モーニング・スターのように甲冑や盾を破砕することもできます。これに加えて、飛び道具として熊よけスプレーを隠しています。これも容器圧力を増していますから、噴射距離は十メートルに及びます。巨大なグリズリーでも怯んで逃げ出す効果があります。対人なら死ぬ可能性がありました。

 三人に周囲を囲まれてスキップをしながら門を出て行く桃子の後ろ姿を、日本人の元気なおにいさんたちが見守っています。彼らは桃子のことを、お嬢、姫、おひいさまと呼んで大切にしていましたから、夜に見知らぬところに桃子が出かけるのは、最強の護衛がいたとしても少し不安でした。いつも「迷惑もハローワークもあるかい。どう落とし前つけるんじゃ」が口癖の年長のお兄さんが言い出して、普通の服装に着替えて十人ばかりが、桃子一行に距離をおいてついていくことに決めました。

 一方、メキシコ出身の極めて危険なお兄さんたち-パスポート上はブラジルの日系三世ということになっています-は、エリカたちの徒手格闘技の能力を知っているので何も心配していませんでした。メキシコ麻薬戦争のさなかでもない平和なこの地方で、彼女ら三人に銃器なしに勝てそうな者はいないはずです。

 それに、この地方一帯は、日本の黒幕・フィクサーになりおおせたお爺さんの独立国家のようなもので、警察、国税庁、国防軍などの政府組織もたやすく立ち入ることができないでいたのですが、治安は元気なお兄さんやとてもとても危険なお兄さんたちが抑止力となり、国内で一番治安の良い一帯なのです。
 桃子お嬢様が犯罪や事故に遭うことは、大隕石が頭を直撃するより確率が低いのです(もちろんロト7に当選する確率の方がもずっと高い)。

 ですから彼らメキシコのお兄さんたちは、通常の夜間警備についていました。彼らの指揮官ロドリゴ元少佐(自称:最終階級は陸軍大尉であったが、日本に来た際に自分で一階級特進させた)がそう決めたのです。
 本邸の屋上で夜間暗視双眼鏡を覗いて四方を監視する者が二名と、不時の事件・事故に対応するために狙撃銃を構えたスナイパー(狙撃手)とスポッター(観測手)各一名が手持ち無沙汰に控えているだけです。

 桃子一行は門を出て敷地内の二重の塀の間を車道を通って下ります。その先は敷地を区切る美しいスペイン風の外塀とゴシック様式の青銅製の門に続きます。この門は、お爺さんが財力と闇の暴力の脅しでフランスの某宮殿から運び込んだと言われています。
 それはさておき、門は既に開かれて地味な格好をしたメキシコ出身の危険でヤバイお兄さんが敬礼をして佇んでいます。
「お土産いっぱい持って帰るよ」と、幼い両手で山のようなポーズをしてメキシコ出身のお兄さんに声をかけました。桃子は誰にでも愛想が善いので、だれからも愛されて当然です。

 門から先は、お爺さんとお婆さんの土地ではありませんが、町と県が一帯を買い上げて公園のように芝生を張ったり、樹木を植えています。ですが住民だれ一人利用しません。
 またこの一帯にも監視カメラを方々に設置して邸内の警備担当従業員が見張っていました。

 盆踊り会場まではまだ一㎞ほどありますが、一行は桃子の歩調に合わせて歩いて行きます。なにしろこの夜は、桃子にとって初めての”普通の”お出かけであり、そよ風と近くの草むらで鳴く夏虫の音が心地よかったからです。時折、狂ったようにクマゼミが鳴くのはご愛敬でした。
 盆踊りの会場でかかっている曲が、北島三郎の持ち歌らしいのに換わりました。橋本七海は日本人ですが、演歌や日本歌謡曲が大嫌いで、生理的に受け付けませんので鳥肌が立ち、桃子に言いました。
「さあ桃子お嬢様、もう帰りましょう。あそこへ行っても善いことはありませんよ」
 桃子は橋本の悩みもしらず、陽気な手拍子や掛け声、笑い声が聞こえる方向にキャッキャと言いながら進んでいきます。

 会場へ到る道と交叉する道路のあたりまでくると、暴走族の集団が車を駐めて四方に散り、立ち小便を始めたり、煙草を吹かしています。
 まことに時代錯誤な昭和と平成前半期の暴走族を絵に描いたような服装と、二輪と自動車のペインティングです。「夜露死苦」とか「天上天下唯我独尊」、「喧嘩上等」などの文字をツナギに金糸刺繍し、髪は紫色のモヒガン刈りやツーブロックという髪型。長い学ランにポマードたっぷりのリーゼントといった者も混じっていましが、やたら紫やピンク、白などの色が主流です。
 それはそれは昭和時代風俗遺産として永久保存をしてみたいほどお目にかかれないものばかりでした。さらに「マッドマックス 怒りのデス・ロー」に登場する「ドーフ・ウォリアー」のように大音響でサバトンのロックを垂れ流す軽四がいます。

 この大音響に桃子はいたたまれず、「うるさーい! うるさーい!」と言って耳を塞ぎましたが、桃子に尻尾が消えた時のようなかん高い声ですから、暴走族のよい子の皆さんの注意を惹いてしまいました。
「文句あんのか? チビ!」と、ピンクのツナギをきたレディスのお姉さんが肩を揺すらせて桃子の方に近寄ってきました。続けて青紫のルージュをひいた唇から、桃子たちが今まできいたことない言葉が立て続けにでます。他の二、三人も近寄ってきます。

 このとき桃子の大邸宅で後ろ姿を見送っていた日本人の元気のいいお兄さんたちは、
「なんじゃ、あのボケどもは、姫に向かって! 許せん! シバきにいかなあかんなあ」
「おう! 道具あつめいや」
「まあまあ、三人もついてるんやから、あのド素人ども相手になんの心配もないやろ」
「そやな、かわいそうな連中や」
 などと言い交わしていました。

 他方、屋上のメキシコ出身の危険きわまりないお兄さんたちはちょっと違いました。裏切り、ペテン、拷問、虐殺は当たり前で、命をかけて銃弾とRPG弾頭の下をかいくぐり、蛮刀が頬や喉をかすめる実戦を生き残っただけに、別の反応をしました。四方を監視していたサンチョは、指揮官のロドリゴを屋上に呼び出し、状況を説明しました。
 ロドリゴは説明を半分も聞かずに、双眼鏡に目をあてて桃子を取り巻く環境を詳しく観察し、近くの監視カメラが捉えた映像にモニターを切り替えたあと、狙撃手に告げました。
「狙撃の用意をしろ」
 ロドリゴには宮本武蔵の五輪書の一節がうかんだのです。どんな名人達人でも立ち会いに望めば、わらじの鼻緒を切ったり、石に躓いたりして思わぬ不覚をとる、という部分です。いくらあの三人娘が優秀でも予測しがたい事態が起きて、桃子が危険にさらされる可能性があるのです。

 狙撃手のゴンザレスは銃を安定した姿勢にもちなおして砂嚢の上に安定させ、ボルトを引いて初弾をチェンバー(薬室)に送り込み、トリガーガード(用心がね)に指を沿わせます。スコープを調整して桃子を視野に収めると、スポッターの観測結果を待ちます。
 スポッターは、レーザー測量計でで正確な距離を測り、俯角、方位、気温、湿度、気圧、現在位置を測定し、弾種、銃、銃の発砲回数などとともに射撃コンピュータに入力して結果を狙撃手に告げます。
「距離635メートル。右へ2クリック、下へ3クリック半」
 これに従い狙撃手がスコープを調整するとレティクルの中央に照準したところに俯角や風の影響、弾道の変化に応じて弾丸が命中するのです。
「射撃用意完了」とスナイパーが報告しました。

「射撃待て」ロドリゴが双眼鏡で桃子の様子を観察しながら命じました。
 ゴンザレスは、桃子の一番脅威になる者の胸に照準を合わせ終わっています。発砲命令が下って二秒後には標的は無力化されていて、狙撃手は二番目の脅威に照準しトリガーを引くはずです。
「殺す必要もないか。威嚇だけにしろ。目標、紫色のモヒガンの足元右五十センチに変更」とロドリゴが命じました。

 彼はこの国にきて平和な環境に順応して少し性格が穏やかになったのでした。それにはお爺さんが厳命した、病院での精神カウンセリングの効果も見過ごせえません。
「発砲許可願います」桃子に迫る危険に待ちきれず、スポッターが脇から許可を求めました。
「まだ、まだ。待機」
 地上の桃子の方では、映画「マッドマックス 怒りのデス・ロード」に登場する「ドーフ・ウォリアー」ばりの大音響がさらに高まります。
「うるさいったら、うるさーい」桃子が一層高い声を上げます。

 エリカはベルトの上に巻いた金属製の鞭に手を遣り、すぐにでも攻撃範囲に足を踏み入れた者の顔面を使用不能にする用意ができています。
 橋本は胸のポケットの棒手裏剣に手をかけ、エリカの鞭の範囲から外れた者の右眼と脳を使用不能にする準備をしています。
 オフィーリアは桃子に背を向けたまま身を寄せ、背後に敵が回り込むのを警戒しています。もちろん太ももに装着した特殊警棒を手にしています。

 オフィーリアは、桃子の背後の脅威を確認するためあたりを見渡します。まだだれも桃子の背後に回りこもうとした者はいません。遠く、邸宅の門のあたりでは元気な日本人のお兄さんがわいわい言いながらたのしそうにこちらを眺めています。さらに先の本館の屋上から発火信号が送られています。あの危険きわまりないメキシコ人からの信号です。
『威嚇射撃待機中。一歩も動くな』
 桃子たちから離れたところに威嚇射撃しても、発砲直前に彼女らが不意に移動したら着弾予定箇所に入り込んでしまう危険があるからです。
「みんな用心して。 コード781」と、オフィーリアが他の二人に大声で警告しました。「コード781」と言うのは彼女たちの間の符牒で、極めて危険な射撃くらいの意味です。また発砲と同時に、彼女は向き直って桃子に覆い被さり、万が一の被弾や跳弾から守ります。

 ここまで書いたら長い時間が経過したように見えますが、実際は二分以内に同時に起きたことがらです。

 しかし、ロドリゴとオフィーリアの用心深い警告も無駄になってしまいました。
 桃子が大爆音に耐えきれず前に駆けだしてモヒガンの前に立ったのです。標的との距離が近くなりすぎたので、六百メートル以上の距離から精密な威嚇射撃は保証できません。またエリカの鉄鞭も動作半径が大きいので桃子を巻き込む危険があります。橋本の棒手裏剣も同様で、上下左右に動く右眼窩の位置が近いだけに振り下ろす角度の調整が難しいのです。桃子に間違ってあたる危険はいうまでもありません。

 二人の身辺警護は、桃子の突然の移動にうろたえ所作が固まってしまいました。幼児特有の予測不可能な動作を配慮していなかった失敗を自覚しました。
 モヒガンは耳障りな悲鳴をあげる桃子をつまみ上げ口を塞ごうと、身を少し屈めました。
 そのとき、桃子はモヒガンの右足の甲を下駄の歯で思いっきり踏みつけました。力の弱い女児とは言え下駄の歯で力いっぱい踏みつけたのですから、指や甲骨の一本も折れたかもしれません。
 モヒガンは大きなうめき声を上げ、踏まれた右足をかばうように更に身を屈めます。このとき桃子は、男の急所に頭突きを喰らわせたのです。桃子に一度生えた”尻尾”のあるあたりの男の急所です。
 彼はたまらず片膝をついてしまいます。すると、桃子はその膝の上に駆け上がり、反対側の足でモヒガンのこめかみを思いっきり蹴り廻しました。彼女が地上に両脚でたったとき、モヒガンは路上に泡を吹いて倒れ込んでいました。
 まわりの者は、瞬時におきた一連のことを理解するのに時間がかかりました。警護の三人娘も唖然とするばかりで次の動作を考える余裕もありませんでした。後ろの邸宅の方から、日本人の元気なお兄さんたちが、拍手をしたり歓声、口笛をあげて大騒ぎしています。
 オフィーリアが、「警護フォーメンション!」と二人に注意します。この三人の鉄壁の三角の防御ゾーンから桃子がはみ出しているからです。
 三人が前へ進もうとすると、ピンク色のツナギを着た男女がいきり立って桃子に襲いかかろうとしています。

 後ろにいた中学生くらいのはちまき姿の少年が、大爆音がかかっている軽四のドアを開け「ひろコー! 大変だ! モヒガンがチビにノサレちまった、助けてくれ」と叫びます。
「うっせぇなあ、いま試験勉強中なんだよ。ところでこの漢字はどう読むんだ」と少年に聞きます。「沈降」という漢字が指さされていたので、中学生は馬鹿らしくなり「そんなことより、あっちが……」と、ヒロコ-を引きずり出します。

 ヒロコーは軽四に大出力の音響装置とともに詰め込まれたいたのに、身長が二メートル近く体重は百キロを超えているでしょう。片足から腰、胴体と両手でドアを押さえながら、やっとのことで車外にたちあがりました。
「チビガキと細い女三人だけじゃないか。モヒガンの馬鹿たれが」と、言って桃子の方へ無造作に大股で進みました。
「ヒロコ-が出て来てくれたら、負けるわけがねー」という仲間内の声が彼には、さも当然といった様子でニヤニヤと笑いました。
 

 発砲を控えていた邸宅の屋上では、「発砲許可! 目標、あのデカ物の前50センチ!」とロドリゴが命ずると、すでにゴンザレスは引き金を引いており、次の射撃に備えて発砲の反動でずれた銃身を元の位置に戻していました。

 ヒロコ-の爪先の路面のコンクリートが砕け飛びましたが、何が起きたのか分からないので、そのまま進みました。女二人が地面に伏せ、もう一人が女児に覆い被さっているのを見ていっそう不思議に思いました。

 ここで、あえて解説をすれば、狙撃銃にサプレッサー(減音器)が取り付けられ発砲音と発火炎が抑えられているうえに、距離が六百メートル以上ありますから発砲音はここまでとどきません。背景音の大音響も発射音を消してしまいます。ですから眼前でコンクリートが砕け散った理由を、一般人は想像することは出来ません。
 さらに付言すれば、ヒロコーの爪先に着弾したのはスナイパーのゴンザレスが誤ったのではなく、気象条件や発火薬の製造誤差、距離測量誤差などから生じたもので、六百メートル以上の射撃距離、それも見下ろしの角度では往々に生じるものです。彼とスポッターは非常に優秀なのです。
「三発続けて!同じ目標」発砲後三秒が経ってもヒロコーが立ち止まらないのを見ると、ロドリゴは続けて威嚇射撃を下命しました。スポッターからの弾着点を最後まで聞かずに命じたのです。

 ヒロコーの足先でコンクリートが先より盛大に砕け飛び、小さな破片が誰かの顔にあたります。さすがに三発目となると、原因はわからなくても、なんとなく「ヤバくねー?」と言い出す者がでてきてザワつきましたが、ヒロコーはこのチームのリーダーとして弱みは見せられません。
 桃子は「うるさいし、重ーい」と言って手足をバタバタさせます。オフィーリアは一層彼女を低く路面に押しつけます。
 次の瞬間、大音響とともに軽四の音源が消滅しました。文字どおり車ごと炎上してしまったからです。

 ロドリゴは大きな発砲音と爆風を感じると、驚いてその発生源に向きおりました。見ると、屋上でも一段高くなっている階段室の上にサンチョが50口径アンチ・マティリアル・ライフルを据え付け発砲したのです。この対軽装甲・対車両用の大口径ライフなら重い銃弾と早い初速のため直進性に優れている上、標的はセンチメートル単位でなく大きな車両ですから、スコープなしでも命中します。まあ、野砲のような発射時の反動と爆風におびえて適正な射撃姿勢とトリガーのがく引きをしないことは必要ですが……。

 続いて車両が大爆発して火炎に包まれ、車の部品が空中に舞うのが認められました。燃料タンクを貫通、引火しての大爆発です。それはハリウッド映画に出てくるあり得ない派手な大爆発とおなじでした。
 サンチョが雄叫びをあげ、ガッツポーズをしています。ロドリゴはやれやれと言った表情で、サンチョの独断専行の振る舞いに怒り、謹慎三日間を命じました。

(つづく)


※画像は夏祭りに行く桃子(MIMMIの幼少期の名前)

参考 

 「SABATON」楽曲 https://www.youtube.com/watch?v=oVWEb-At8yc

 「モーニング・スター」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC_(%E6%AD%A6%E5%99%A8)



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