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MIMMIのサーガあるいは年代記 ー10ー A/2036 U1の登場!

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  MIMMI一族郎党が危機に瀕しているが、遠く太陽系に目をむけてみよう。
 先月発見された、特異な軌道をした彗星は太陽を周回し、太陽の引力によって地球の公転面にむかって近づいてきている。
 
 第三世代ハッブル宇宙望遠鏡を用いたハワイ大学天文学研究所の観察結果と軌道予測計算では、これは彗星ではなく太陽系外から接近した恒星間天体ですこぶる硬い岩石ないし金属で構成された物体であり、地球と月のあいだの距離の3倍前後にまで近づくと予想した。恒星間天体であること、組成及び予測軌道は他の天文台や研究機関でもほぼ同様の結果がでた。つまり、太陽系の外縁部にあるというオールとの雲から到来した彗星などではなく、更に遠方にある太陽系などから来た天体であると考えられた。
 
 この恒星間天体と地球の最接近距離は、地球と月のあいだの距離の3倍、すなわち月の軌道半径の約3倍と予想されれたが、この距離は天文学上では非常に近いものでニア・ミスとも看做みなせるほどである。月や地球に衝突しないまでも、地球と月の軌道に影響を与えるのではないか、と危惧する天文学者もいるほどであった。この天体は小惑星として公式にA/2036 U1と名付けられた。

 自身が理解しがたい科学上の出来事はすべて、黒魔術によるものであると吹聴しがちな一部マスコミは、A/2036 U1の接近を、さまざまな解説を加えて報道した。ある雑誌社は、A/2036 U1が白亜紀にユカタン半島に落ち恐竜を絶滅させる原因になったといわれる巨大隕石のように、人類を滅ぼすのではないかと散々にあおった。またある夕刊専門紙は、これは宇宙人の乗り物で争いが絶えない人類を諫めるために来たである、と記事を書いた。これには当然、地球を侵略するエイリアンに違いないと反発する者もでてくるのは定番である。この地球外知的生命体渡来説は、一部の終末待望論者やオカルト系マニアには受け容れたが、大衆はそこまで関心はなかった。A/2036 U1にまともな関心があったのは天文学者とその卵、それに天文クラスターといわれる天文マニアである。
 
 そのアマチュアの一人、アマチュアというよりハイ・アマチュア又はセミプロである、ブラジルの天才彗星ハンター少女が夜ごと反射望遠鏡で観察し、三世代以上前の演算速度の遅い父親のPCで時間をかけて軌道計算を確認していた。ところがある日、天文台などの公的機関が発表した予想軌道とA/2036 U1の実際の軌道が微妙に違ってきていることを発見する。また、その速度も予想より遅くなっていて、その逓減率が増大していることも。
 
 彼女は疑問に思ったこの事実をFace Bookに公表した。その中で彼女は、太陽の近く、厳密には水星軌道の外側に不可視な未知の天体が存在しいて、その引力の影響ではないか、と疑問を提起している。世界に散らばる天文マニアからの反響は大きく、彼らもこれらの点に薄々気づいていたのだが、大っぴらに発言する勇気がなかったからである。Face Bookで繋がったマニアから、専門家へ彼女の問題提起は知られることになる。
 
 天文台や大学の天文学者は、彼女が投げかけた未知の天体の存在には直ちに否定したが、A/2036 U1の実際の軌道と速度が予想と異なる原因には答えられなかった。そして新しい予想軌道を暫定的と留保をつけながらも発表した。それは当初の予想よりも地球に近づき、月の近くを通過するという衝撃的なものだった。天文学的には地球に衝突するに等しい。この予想結果と公表について天文学学者のあいだで喧々諤々の議論と駆け引きがあったことは想像できる。だが、この予想は一般大衆もマスコミも一笑に付すまでもなく、単に聞き流した。
 
 こうした一般大衆の反応の裏で主要国の政府は強い関心を持ち、非公式に情報と意見交換がおこなわれたが、国際政治の常として、人類の滅亡より自国の利益、面子が優先しなかなか統一行動がとれなかった。

 しかし米国のNASAは、人工衛星をA/2036 U1に衝突させることで軌道を変えることを真剣に検討し始めた。実は2021年からNASAは二重小惑星進路変更実験(Double Asteroid Redirection Test)で、小惑星「ディモーフォス」を標的として宇宙船を衝突させて軌道を変更させる実証実験をおこなったが、ほとんど軌道変更をすることができなかった。
 小惑星「ディモーフォス」よりも大きく質量もあるA/2036 U1の軌道を変えるには、実証実験で使った宇宙船では小さすぎ、月の公転面からはじき出すことは不可能である、と明確に否定された。さりとて、より大きな宇宙船や核弾頭を掲載した宇宙船を衝突させるにしても、時間がとても間に合わなかった。NASAによれば、無制限な予算措置があったとしても、発射まで最速5年はかかるということだった。
 
 こうするうちにも恒星間天体であるA/2036 U1は、地球に近づきつつある。
 桃子ことMIMMIはもちろんお婆さんもお爺さんも、世界の片隅で騒がれているこの事件を未だ知るよしもなかった。
(つづく)


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