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MIMMIのサーガあるいは年代記 ー11ー
甲午(きのえうま)弥生 ―桃子の反撃―
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恒星間天体であるA/2036 U1が地球に次第に接近していく中、いよいよ暖かくなり春めいてきたのですが、桃子のそれなりに平穏だった日常生活は遠くに去り、危殆に瀕していくばかりです。
BBC放送が政財界の黒幕・フィクサーとしての悪辣ぶりを、盗聴された桃子の会話を交えて世界中に報道したために、自責にさいなまれていたのです。『あんなことを口にしなければ、こんなことにならなかったのに』と気に病んでいました。とりわけ「fu*k you」などというはしたない言葉を口にしたことを恥じていました。
お爺さんは最悪でした。黒幕・フィクサーとしての存在とその実態をほぼ正確に報道されたのですから、かつての影響力は衰え、いままで彼に対敵した者や面従腹背していた者たちは、この時ばかりとお爺さんにとどめをさそうと嵩《かさ》にかかってきます。水に落ちた犬を打つのはこの時ばかりと。
これらの中には政府も混じってました。大物政治家や官僚の一部は、お爺さんにさまざまにかき回されたことを強く根に持っていましたから。特に官僚というのは、個人的な恥辱や敗北の体験を”組織”の記憶として幾世代に亘って継承します。大先輩が被った恥辱を、本人の顔も知らない若い後輩が報復することが時としてあります。
お爺さんが実質的に経営または所有する組織が嫌がらせを受けました。あくまで合法的なのですが行政裁量上の「比例原則」からすれば、疑問符が幾つもつくことが行われたのです。
まず一番有名な西淀川・摂津工科大学(NIT)は、研究費不正流用の疑いで突然、鬼の会計検査院が立ち入り検査を、一教室の隅の防火カーテン不使用を理由に消防暑が臨時に立入検査をしました。
また桃子のために(尻尾が生える原因究明のため)買収した東京の某有名医科大学は、事務職員の労働基準法違反の疑いで労働基準局が調査にはいっています。
お爺さんとお婆さんが世界の貧困と疫病を絶滅させるための慈善団体「B&B&A財団」には、二万円相当の印紙税法違反の疑いで国税庁が調査にはいっています。
まあ、この財団は二人のマネーロンダリングと資産隠匿の隠れ蓑が実態でしたから致し方ないでしょうが、少額の印紙税とは端緒としては無理があるでしょう。国税庁もマネーロンダリングが行われているとは指先ほども疑っていなかったのですから。もっとも二人のお膝元では、どの公的機関もそのようなことは恐ろしくてできないでいました。
この表だった攻勢にお爺さんは心底怒ると同時に気落ちしていました。BBCの取材騒動直後は自室に引きこもる程度でしたが、いまは照明をすべて消して暗闇でバーボンのボトルを抱いて日々を過ごしてます。
こんな酷い状態のお爺さんに代わって気丈夫なお婆さんが表に出ることが多くなりました。各行政機関の嫌がらせ的調査に対しては、お爺さんに大きな借りをつくり、使用目的自由、報告不要の資金を懐に入れた官僚たちや小役人に直接電話をかけて脅します。一方で、息のかかった弁護士事務所、会計事務所にはっぱをかけて万全の防衛ラインを構築しようとしようと大忙しです。
それにお婆さんは大邸宅のまわりに集まる桃子ファンの有象無象や各種マスコミ、パパラッチなどを追い払うためにも時間をとられていました。ほかにも、大邸宅まわりの人出を目にして、ヒロコーがタコ焼き屋と天津飯弁当の店を出して大儲けを企んだのを見つけ、彼をこっぴどく叱りつけるという、まったく余計な仕事まで背負ってしまいました。
気丈夫なお婆さんですが心配の種はつきるどころかますます増えてゆきます。西淀川・摂津工科大学(NIT)や「B&B&A財団」への立入検査などは未だおふざけのようなものですが、やがて国税庁や会計検査院が総力を挙げ、海外のカウンター・パートナーたちと協力して調査を始めることを想像すると、お爺さん同様に寝付けなくなってしまいます。
「お婆さん。わたしをここまで育ててくださったお二人に、桃子にできることがあったら、なんでもおっしゃってください。なんでもします」桃子は、ある春先の夕暮れ時にこう言いました。
「心配しなくてもいいのよ、桃子。こんなの一過性のことだから。お前が黒王に跨がって外へ出ようとした際に言ったように、お爺さんとお婆さんにはなんでもないことなの。乗り越えられるわよ。お爺さんの恩を忘れた男女たちが、水に落ちた犬を打つような真似をしているけど、水に落ちたのは犬でなくてゴジラなのを知ってない。……恐ろしい結末が待ってるとも知らないで。ほんと、愚か者たち」
お婆さんは豪快な笑いを上げましたが、それにはどこか虚勢の陰影が混じっていると、桃子は感じ取りました。
「でもB&B&A財団が狙われてるって、筆頭秘書が怯えてます」
「彼が心配性なのも困ったものよね。B&B&A財団なんかタマネギの皮より枚数が多いから、外部から実態が分かるわけないじゃないの。筆頭秘書の天野だって全体像を正確につかんでいるかどうか怪しいのに……。すべて分かってるのはお爺さんとこのわたしよ。お爺さんとわたしが口を割らない限りは大丈夫よ。たとえ量子コンピュータやらAIなんかを使っても絶対無理ムリ。分かるもんですか」
「でも、でも。お爺さんのおやつれを見ると悲しくて、辛くて。お婆さんもあのようにおやつれになるのかと思うと……。桃子にちょっとした考えがあります」こう言うと、桃子はある計画をしゃべり出しました。
「ですからお許しと、桃子のちょっとした計画のために最高の人を集めてください。お願いします」
「桃子はいつも優しいわね。その計画なんかより桃子の心遣いが嬉しいわ」お婆さんは桃子の計画実行を許すと同時に、最高の人材をすぐに手配すると約束してくれました。
こうして集めた人材は、映画監督、映画カメラマン、同照明係、同音声係、同タイムキーパー、脚本家、演出家、広告ライター、ファッション・コーディネーター、美容コーディネーターなど総数69名になってしまいました。いずれも斯界で一、二をあらそう人たちばかりです。あと”新”ピンカートン探偵社日本支社と契約もしたということでした。
桃子はこうして集めた人たちを、事業棟の大会議室に集めて、「ちょっとした計画」のあらましを説明しました。
「……ですから、この目標を達成するために皆さまの協力が必要なのです。皆さまそれぞれの専門分野で協力してください。いまのところ32のプロジェクトを考えていますが、これについても皆さまの新しいご提案がいただけると嬉しいです。プロジェクトが一つ成功するごとに、参加した人たちには臨時のボーナスをお渡しするつもりです。お金は……、そうねえ、お婆さんが約束した月額報酬の3ヶ月分にします。繰り返しますが成功したプロジェクトごとです」
69人からは大きなどよめきが沸き起こりました。お婆さんが約束した月額報酬も法外な金額だったからです。この報酬額に引きつけられて、信条やお爺さんへの反感も抑えて承諾したのですから、この臨時ボーナスに大喜びでした。彼女(又は彼)は、能力の150%を発揮し、家族を放り出して、それぞれの年収5年分以上になりそうな桃子の「ちょっとした計画」を成功させようと奮い立ちました。
挨拶の最後になって桃子は、老若男女すべてが好感をもつ、少し引っ込み思案で弱々しそうな仕草に、満願の笑顔を添えて深々とお辞儀し、「わたしたちをみなさんで救ってください。お願いします」と結び、感極まって涙があふれそうな仕草をしました。そうなんです、彼女は天性のジジババ殺しなのです。
大会議室には個人用のブースが設けられ、電話、パソコンやプリンターといった必要機材が運び込まれ、隣の大会議室Ⅱには、簡単な撮影用舞台と演出に必要な装置が詰め込まれました。
桃子の「ちょっとした計画」を、もったいぶらずに解説しましょう。
それは桃子によるイメージ戦略なのです。彼女によってお爺さんやお婆さんの世間での悪評を希釈し、あわよくば好転させる企画なのです。このイメージ戦略の骨子は、若い美人で可愛い桃子本人がマスコミに積極的に露出し、大衆の支持を獲得しようとする野心的な、あるいは思い上がった計画です。映画界や広告界を代表する人たちとメーク・コーディネーターやファッション・コーディネーターによって、自身の容姿を飾り、大衆の反感をかわないよう演出し、訴求力を高めることを目指しているのです。
彼女は演出家と広告代理店に相談し、訴求するテーマをしぼりました。お爺さんは悪くなく、誤解である、この一点に集約されます。一つといいながら随分と欲張ったテーマですね。
最初の具体的プロジェクトは、桃子の追っかけをしている、有象無象として彼女が嫌っていた連中を組織化することでした。彼らは男性中心に数万人規模はいるのにちがいない、と皮算用しました。
そのため彼女は、第二世代YouTubeに動画を投稿して連中に自ら呼びかけました。もちろんYouTube上で約5分の動画作成するために69人の中から、台本作家や演出家、カメラマン、照明、演技指導をする人たちが駆けずりまわり、延べ200数十時間が必要でした。
彼女はこの動画でこう語りかけています。
「ねえみんなぁ。桃子です。みんなは桃子のことを大切に思ってくれてありがとう。とても嬉しいです。お花やお菓子なんかを送ってくれてありがとうね。とても嬉しいんだけど、量があんまり多くって……てへへ。一人一人にお礼が言いたいんだけど、多すぎてだれが誰か分からなくなってしまって困っちゃうんですよね。
「だから、ファンクラブといっちゃなんなんですが、そんなものをつくりますので登録してください。登録してくれたみんなには、IDを贈ります。このIDで会員限定の桃子の秘密のブログにアクセスできて、桃子の日常の動画や写真、プレゼントを贈ってくれた人たちの紹介をします。もちろん会費なんてありません。登録してくれた人たちとは色々と交流ができます。桃子は待ち遠しのよ。
「将来は、ええっといつになるかまだ分かんないんですが、握手会なんかしようかな、って考えてるですよね。CDなんか買わなくても握手会に参加できるようにします。だけど、みなさんが多すぎたら、桃子腱鞘炎になるかもって、ちょっと悩んでいます」
桃子本人は、こんな馬鹿女の真似できない、と言って台本作家の原稿を突き返したのですが、まわりの説得でしかたなくカメラの前に立ちました。日本語以外にもイギリス英語、中国語、スペイン語、ロシア語、フランス語で彼女自身が流暢にしゃべりました。
この動画の下半分に会員登録事項がテロップで流れましたが、そこでは住所、国籍・氏名、性別、生年月日、本人写真、携帯電話番号、すべてのメールアドレス、SNSハンドルネーム、勤務先又は通学先、趣味をかき込むことが必須条件になっています。
登録申請があった有象無象の登録事項は、業務棟にあるお爺さんの事業用メイン・フレームのうちで比較的空いている一台に保存、管理され、重複登録、登録事項の真偽を判定しました。架空のメールアドレスや偽住所の者たちが排除されました。残った総数は国内で5千3百人余りの老若男女で、年齢は9歳から98歳の幅がありました。海外からは意外に多く、2千1百人程度ありました。後者はBBCの放映の影響だと考えられました。BBCが想定外のところで役立ってました。
桃子とそのスタッフたちは、予想を下回ったこの人数では満足しません。会員の組織化のために第二弾の動画がアップ・ロードされました。
「会員登録ありがとう。みんなと握手してお礼も言いたいんだけど多すぎて、どうしようか考えてるところ……どうしようかな。だから一生懸命えたの。
新しい会員を10人集めてくれた人に#1級会員
#1会員を7人集めてくれた人には#2級会員
#2会員を6人集めてくれたら#3級会員
さらにさらに#3会員を5人集めてくれたらプラチナ会員になります。
#3会員はもれなくファン・クラブ支部長よ。
プラチナ会員は本部幹部でーす。
「どれくらいの人と握手会をするかは、本部幹部の人と相談してきめます。もちろん、努力次第で#1級会員からプラチナ会員にも昇進することができます。がんばって会員を集めてください。
「それと言い忘れてたんだけど、顔写真と会員IDと桃子のブログにアクセスして桃子の動画なんかを見れるパスワードの載ってる会員証をメールで送ったから、カラーでプリントアウトしてラミネート加工して大切に保管してくさいね。ほかに、会員のみんなが多いからグループ分けします。「雲母坂」「女坂」「産寧坂」「千早赤坂」「法円坂」「オランダ坂」です。この名前は会員のランク分けなんかには関係ないからね」
桃子はセリフが長くなったので、視聴者に理解が行き届くのを待つため、少し間を空け、わざとらしく微笑みました。老若男女を魅了する微笑です。
「みんなのことを検索するのに時間がかかるからなんで、変な心配しないでね。それぞれの「坂」の管理する人は桃子のちかくにいる人にたのみました。みんながどのグループにはいるか管理する人の名前は、そのうちメールで送るから、気長にまってて。困ったことがあったら管理する人に相談したら解決するよ」このアナウンスも桃子は嫌がりましたが、上手くくしゃべることができました。
この会員募集方法は、マルチ商法を真似ましたがお金は一切集めませんでした。世論形成のためには人数が第一です。頭数こそパワーなのです。パワーは影響力です。影響力こそ権力です。
また、「坂」系グル-プの管理者にはエリカ、オフィーリアとナナミンこと橋本がすでにきめてあります。あとの二人はまったく候補がありません。ロドリゴやヒロコーでは恐すぎますからね。
桃子人気はすさまじいもので、1ヶ月あまりで会員登録があったのは2万数千人にのぼりました。このうち重複登録や偽名で登録した者を除外し、将来にある程度の社会的地位に就き、地域、企業体などで何らかの中核的立場につく可能性があり、桃子の熱心な支持者を選び抜き、有象無象900人を「桃子親衛隊」としました。300人ずつを、エリカが率いる「女坂」、オフィーリアの率いる「産寧坂」、橋本七海の「千早赤阪」に配しました。
この核心的ファン中核にするつもりで、月一回の桃子ファン特別集会として招集し、桃子本人が姿を見せる計画です。ですが、この親衛隊を桃子の警備や群がる群衆整理に使うのは訓練する余裕もないので望み薄でしたが、桃子がメール招集をかければ館のまわりに集めることぐらいはできました。
とにかく、桃子は2万人あまりのファンと、その中で選りすぐった900人の親衛隊で、お爺さんのイメージチェンジをするつもりです。
お婆さんは、桃子親衛隊の話を従業員たちから聞きましたが、良い顔をしませんでした。一言で切って捨てました。「忠誠心なんか当てになる? 人は最低でも欲得で動くものですよ」
お婆さんのこの否定的な評価はもちろん桃子の耳に達しますが気にしません。次に計画しているプロジェクト2で親衛隊の忠誠心を見極めようと考えました。使えない連中ならそのままほっぽり出し、使えそうな連中がいれば使おうくらいの適当な考えです。
もうすぐ桜が咲き始める頃に、桃子のプロジェクト2のスタッフからある内容が、世界中のマスコミには一斉メール、桃子ファンクラブには専用ブログから、桃子親衛隊のメンバーには直接メール送信で広報されました
それらの内容はすべて一緒で、10日先に桃子の謝罪記者会見をする、とのことでした。
ただ、ファンクラブへは、「騒がないでテレビかYouTubeで静かに見守って、桃子応援のメールを新聞会社やテレビ局に送ってくれたら、うれしいなぁ」と、親衛隊「女坂」「産寧坂」「千早赤坂」のメンバーには、「二日前に現地付近に集合し、チーム管理者の指示にしたがうように」と厳命されていました。
それとファンにとってとても気になることは、メッセージに添えて一枚の画像が添えられていました。桃子本人らしき美少女がコスプレして、「今朝お店に登録しました。来月からお店に出ます。みなさん来てくださいね。がんばります」とまるで風俗店の広告のようでした。
この画像一枚で一般ファンは大騒ぎになり、憶測が憶測を拡大させました。特に、メンバーに指名された核心的ファンは驚天動地の騒ぎで、「決死擁護」と叫びまくっているようです。
世界中のマスコミの方は、いかに美少女であってもお爺さん本人でない記者会見など一顧にしませんでした。記事にする話題に苦しんでいる特派員か物好きなフリーの記者しかまともに反応しませんでした。
桃子と記者会見というプロジェクト2のスタッフは、10日後に備えてほぼ不休の準備をしています。
(つづく)