[後半]ミレニアム・スクール 「新型コロナがもたらした変化と新しいチャレンジ」とは -Fireside Chat with Chris Balme-
5月23日に開催された、Learn X Creation(ラーン・バイ・クリエーション)の第三回オンライン対談の後編(Q&Aセッションパート)をお届けします。
11〜14歳の思春期の子ども達にフォーカスしたミレニアム・スクールでは発達科学の観点を取り入れ、Social Emotional Learningやプロジェクト型学習をベースにプログラムが組まれています。ラボスクール(実験校)であるミレニアム・スクールでは、現在の複雑な環境の中でも、既定路線ではなく試行錯誤を繰り返し、臨機応変な取組を続けています。
Q&Aセッションでは、家庭学習における動機づけ、ミレニアム・スクールでの教員研修、夏休み期間のサポート、オンライン学習での知見などについてお伺いしました。
クリス校長は5年後のビジョンを語る中で、ミレニアム・スクールに蓄積された知見をどんどん発信して共有されたいとおっしゃっており、ミレニアム・スクールでの様々な取り組み、実践内容、知見や気づきが世界の多くの学校に浸透して行く日もそう遠くないかもしれません。
様々な制約がある今の状況でも、生徒達の心理面に配慮しながら、本質的な学びを提供するミレニアム・スクールのクリス校長先生とLearn X Creation 代表の竹村詠美との「新型コロナがもたらした変化と新しいチャレンジ」後半のイベントレポートをお楽しみください。
前半のイベントレポートはこちらからご覧ください。
・ミレニアム・スクールとは
2016年にサンフランシスコでスタートした私立に中学校ミレニアム・スクールは、思春期の子どもたちの健やかな成長と発達に特化した「ラボ・スクール(実験校)」です。米国の大学とも連携し、心理学や神経科学を取り入れながら、思春期の発達理論に基づき、PBL(Project Based Learning) を提供しています。ただプロジェクト型学習を提供するのではなく、生徒それぞれの発達や関心に沿ってプログラムを提供しています。
今回の対談は英語で行われ、クリス先生が話された内容を全て Learn X Creation のプロボノスタッフが日本語に翻訳させていただきました。
翻訳:草本朋子・塚越悦子
文責:島田敦子
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Q&Aセッション
参加していただいた皆様から質問をクリス先生からお答えいただきました。
<家庭学習における動機づけ>
LXC 竹村:
ありがとうございます。
ここから質疑応答に移りたいと思います。思春期の子どもの、特に家庭学習における動機付けという点には高い関心が寄せられています。友達にも会えずまた勉強のプレッシャーもない中で、家庭ではどうしたらいいでしょうか。
クリス先生:
動機付けに関しては、様々な研究から、思春期の発達段階において生徒を駆り立てる「ドライブ」の中で最も重要なものが3つあると考えています。これらの「ドライブ」に訴えれば、自然にやる気が出るのです。これらは次の3つです。
1. 自分のアイデンティティーは何か
思春期の子どもは自分の真のアイデンティティーを発見しようとしています。
2. 他者とどう関わるか
彼らは他者とのつながりを求め、安心していられる場所を必要としています
3.社会にどのように貢献するか
彼らは自分に価値や能力があり、自分のやることが社会で必要とされていると思いたいのです
生徒の動機付けについて考える時、現在のパンデミックとは関係なく、私たちが生徒に提供する学びがこれらの「ドライブ」を含むよう心がけています。これらの「ドライブ」に訴えかけるものなら、生徒はついてきます。彼らは、自分がどう変化しているのか、友達との関係をどう築くのか、人生の意味は何か、常に問い続けています。
コロナの状況下でも、「ドライブ」を意識し実社会にそった学びをデザインしています。例えば今STEMのクエストでやっているのは、「市民の科学」です。どうすれば各個人が真の科学を理解し自分に何ができるのか考えビッグデータの検証に貢献するのかというものです。
親は、子どもが自分のことばかり考えていると思いがちですが、思春期は自分が急激に変化する時ですから、自分のことを話したがるのは当然です。自我の確立や友達との関係性を作るのが最も重要と感じる時期なので、是非子どもの話を聞いてあげてほしいです。
<携帯やデバイスを使う時間のマネジメントについて>
LXC 竹村:
テレビやデバイスで動画を視聴したりゲームをしたりといった「スクリーンタイム」を家庭でコントロールすることは、学校がある時でも容易ではない課題です。ミレニアム・スクールでは授業の前に携帯電話を預けるというルールがあるそうですが、現在、家にずっといる状況ではどのようなアドバイスをされていますか?
クリス先生:
これは難しい問題です。
ミレニアム・スクールでは、学校にいる時間は携帯を持たないと生徒たちが自分で決めました。家でも同じようにやって欲しかったので、家庭でも学校がある日は携帯をしまっておくようお願いしましたが、それは全然無理だということがわかり、1週間ほどで諦めました。
今は、スクリーンタイムを抑えるためのルールを作り、責任を持って自己管理してもらおうとしています。
1日を通じて、「ウェルネスブロック」という時間を設け、その時間には、できれば外に出るとか、体を動かすとか、何か食べるとか、自分がやったことを書き留めるとか、とにかくスクリーンから離れることを提唱しています。この時間には授業もオフィスアワーもないので、自分で時間を作る必要はなく、既に時間割にウェルネスの時間が組み込まれています。この工夫はある程度役に立っていると思いますが、それでもスクリーンを見る時間が長くなっていることは間違いないです。「ウェルネス」の時間をしっかり組み込むことで改善はされています。
LXC 竹村:
そうですね。私も子どもたちと一緒に運動していますが、絆を深めるよい機会になっいます。
<他の生徒と比較して劣等感を感じている子どもたちのサポートについて>
LXC 竹村:
ミレニアム・スクールでは、より個別化された学びを提供されていますね。例えば、あまり社交的でなかったり、他の子に比べて能力的に劣っているのではないかと自信を失っている子どもたちをどのようにサポートしていますか?
クリス先生:
コロナ前と後で、上手くいっている生徒と苦労する生徒がかなり変わったのが興味深いと思っています。
教室では苦労していた子がオンライン授業が導入されてから生き生きと学んでいたりします。内向的な子や集中力が続かない子が、オンライン授業や個別に学習を進める現状では非常にうまくいくケースがあります。逆に社交的な子は仲間と学び合うことで集中力が持続するので、オンラインでは苦労することもあります。これらのケースから、どのように学びを個別最適化するべきか私たちも学んでいます。
小さなことですが、Googleミートのチャットがすごく良いと気づきました。グループの中で声を上げるのは勇気がいることですが、チャットだとハードルが下がります。時には、口頭の発言はなしにしてチャットだけで意見を発するように促すこともあります。最近、親向けのミーティングでも最後の質問はチャットのみで答えてもらうことにし、音楽をかけてどんどん意見を書き込んでもらいました。誰でも参加できるという意味でとても良いと思っています。教室だとどうしてもよく発言する生徒とそうでない生徒が出ますから。
そしてアドバイザリーに戻りますが、子どもが発する警告に気付けるように気をつけています。例えば、ビデオをオフにする生徒は、疲弊しているからかもしれないし、何か顔を見られたくない理由があるのかもしれません。こうしたサインを見逃さないようにすることも、オンライン授業をする中で私たちが学んできたことです。
LXC 竹村:
子どもが発する警告サインについてですが、他にも気を配っている点はありますか?
クリス先生:
毎朝、アドバイザリーグループでジャーナル(日記)を書くきっかけになる質問をすることから始めます。これは生徒の様子を知る手助けになります。そして1日の最後に教員間で話をします。そこで様子がおかしい生徒について話し合い、必要であればアドバイザーが親と話をします。アドバイザリーが非常に重要なのはこのためです。
<オンライン授業について>
LXC 竹村:
今回、突然リモート授業への変更を余儀なくされるという状況で、保護者はどのような役割を担ってきましたか?
クリス先生:
どんなペースで学習を進めるか、そしてどんなペースで家庭での学習を進めるかを生徒に聞くと、他の生徒の手前「全然問題ない」と答えるのですが、親に聞くと「苦労している」という答えが返ってきたりします。
それで、通常やっていることを全てオンラインでやるのは建設的ではないし、かえって問題を生み出していると気付きました。もちろん家庭によってはもっと学習を進めたいという人もいるので、そういう生徒には学習を進めるオプションを提示しています。
LXC 竹村:
リモート授業においても、子どもが主体的に選ぶ、子ども主導での学びは継続していますか?
クリス先生:
しています。そこは重要な部分なので継続しています。「クエスト」は、子どもが問いを立て、自分で答えを見つける旅に出る学びです。
オンラインでも同じです。生徒が個人でまたはグループで問いの答えを見つけます。どのように答えるかは、生徒自身が決めます。今学期はクリエイティブライティングを多く行っていて、トピックは自分の創造性を引き出せるものならなんでも良いことになっています。
<ミレニアム・スクールの教員研修について>
LXC 竹村:
ミレニアム・スクールの教員研修はどのようなものですか?例えば日本でクエストなどの取り組みを導入したいと思った場合、研修に必ずいれなければならない基礎的なことは何でしょうか。
クリス先生:
良い質問ですね。2つの基本的な技法があります。
クエストとフォーラムです。
クエストはPBL(Project Based Learning プロジェクト型学習)で、SEL(Social Emotional Learning 社会性と情動の学習)も含みます。教え方の新たなデザインとも言えるものです。教員は知識を教えるのではなく、生徒の旅をガイドするファシリテーターの役目を務めます。あなたには生徒より専門知識があるのですが、生徒に知識を与えるのではなく、生徒が知識を経験する手伝いをするのです。
フォーラムで大切なのは、大人が本当の自分を見せることです。子どもは親から多くを吸収しますが、思春期になるとほとんどの場合親を遠ざけ他の大人から学ぼうとします。親にとっては面白くありませんが、その時期をうまく乗り切ればまた親のところに帰ってきます。
子どもは学校で過ごす時間が長いので、教員がロールモデルになることが多いです。子どものメンターとなり、自分自身をさらけ出し、自分の変なところも共有し、失敗経験も話してくれ、少人数でじっくりと自分の話に耳を傾けてくれるような大人が、子供には必要なのです。このようなスキルは普通の教員研修では学べませんが、こうしたスキルを持ち、それを伸ばせるような先生がミレニアムには必要です。
LXC 竹村:
特に日本社会の文脈では、失敗したことを率直に話すなど、自らの弱みをさらけ出して心を開くことは難しいという状況があります。ミレニアム・スクールでは、多様性に対して寛容な文化を培うために意識的に行っていることはありますか?
クリス先生:
色々あります。
思春期は、子どもが周りの世界の見方を形作る時期です。「世界の見方」とは主に、自分とは違う人をどう見るか、ということです。思春期に形成された人格は一生その人に影響を与えます。自分と違うタイプの人がいる時、彼らに興味を持って理解しようとするか、違うから排除したり馬鹿にしたりするのか。そこが非常に重要です。
学校で例えば喧嘩や感情的なもつれがあった時、一旦立ち止まって解決することが大切だと思っています。大きな喧嘩をした後に、授業で何かを学べるはずがありません。その場でしっかりとその経験を咀嚼しそこから学ぶことができれば、社会性を育めるのです。
多様性を許容する文化、そして、公平性に注目し特権を認識することは、学校で取り組んでいる非常に重要なコンセプトです。実社会の難しい問題を授業に組み入れています。例えばサンフランシスコにはホームレスの人が多いのですが、コロナの流行は一部の人により深刻な影響を与えています。そして、校内で起こる争いをどう解決するかは社会的感情的なスキルを教える絶好のチャンスです。争いごとは心に残るので、そこからの学びは忘れません。
先生も必ずしも完璧ではないことをさらけ出すことも大切です。
<夏休み中のサポートについて>
LXC 竹村:
これからに関する質問をさせてください。まず、夏休み中に何らかの形での家庭へのサポートを考えていますか?
クリス先生:
インビテーションパッケージというのを作っています。それぞれの夏休みの過ごし方があると思うので、全員必須の宿題は出しません。いろいろな教科で招待を出します。
また、Essential Experience(重要な経験)という、自分が何者か、自分にとって重要なことは何かと言った問いに答えるための様々な課題を提示します。例えば日記をつけるとか、瞑想を日課にするとか、家族に料理を作るとか、友達同士の争いを仲裁するとか、個人的に克服する課題を選んで挑戦し、その経験を書き留めて友達に共有してもらいます。学校とは違いますが、それぞれが深い学びをするきっかけになると思います。
<5年後のビジョンについて>
LXC 竹村:
ミレニアム・スクールの将来についてですが、例えば5年後のビジョンはありますか?
クリス先生:
スクールを大きくしようというつもりはありません。高校を作る気もありません。あらゆる失敗や成功を多くの人にシェアして、いろんな人に一緒に学んでもらうことが目標です。私たちは幸運なことに全く新しいカリキュラムを作成するなど高い自由度を持って学校をデザインすることができました。オープンな実験室という感じです。学校の規模は小さくても、その実践を多くの人に共有することにより、社会的意義を出したいと思っています。
LXC 竹村:
素晴らしいですね。ミレニアム・スクールは、今までにも既に日本の教育カリキュラムや学校を創ることに力を貸していただいたり、昨年の日本でのSEL研修などを通して、大きなインパクトを与えてくださいました。この状況が落ち着いたら、また日本にお招きすることを楽しみにしています!
クリス先生:
また是非日本に行きたいです!
<クリス先生からのアドバイス>
LXC 竹村:
最後に、今のこの状況を子どもたちと一緒に乗り切るためのアドバイスをひとこといただけますか。
クリス先生:
友達に言われたのですが、「ストレスを感じ始めたら、まずゆっくり行こう、深呼吸をして自分の大切なつながりにまずはフォーカスしよう」ということが有効と感じています。大変だったら、学校の課題は脇に置けば良いのです。私自身、自分の子どもと家にいて仕事をすることにストレスを感じます。とても忙しいです。
最後に一言、私は対話が好きです。多くの教育者や保護者と話すのが好きです。学校としても私個人としても、多くの人との対話から学ぶことがたくさんあります。意見交換をしたかったら是非連絡して下さい。いつでも歓迎です。
ありがとうございました。
<登壇者>
クリス・バーム:
クリスは教育者であり社会起業家でもあり、人々が最大限の可能性を引き出すことができるような組織の創設に情熱を注いでいます。彼は、21世紀の中学校を再想像することを目的とした、サンフランシスコのプログレッシブ「ラボスクール」であるミレニアム・スクールの共同創設者兼校長です。以前は Spark の共同創設者であり最高経営責任者(CEO)でした。Spark は、中学校と高校での学生の成功を改善するために彼が10年以上前に作った非営利団体です。クリスはアショカフェローシップ、社会起業家のためのドレーパーリチャーズフェローシップ、そして公共サービスのためのベイエリアジェファーソン賞を受賞しました。 Chrisはペンシルベニア大学とウォートンビジネススクールで心理学と経営学の学位を取得しており、Breakthrough Collaborativeとフィラデルフィアの公立学校で教えています。 Chrisはまた、Growing Wiserブログの著者として、教師、校長、そして保護者の関心のあるトピックについても書いています。
竹村詠美:
マッキンゼーを卒業後、アマゾンやディズニーなどで、消費者向けインターネットサービスに従事。2011年に日本最大級イベントコミュニティプラットフォーム、 Peatix.com を共同創業。グローバルビジネスの最前線での経験から日本の教育環境を憂慮し、2016年の Most Likely to Succeed の上映会開始を皮切りに教育の世界に。FutureEdu を通じて全国での上映会実施をサポート。2019年から「創る」から学ぶ環境が当たり前になることを願う団体、Learn X Creation 事務局長。創造性溢れるライフロングラーナーを育てる教育文化作りや世界レベルのSTEAM/PBL教育を中心テーマに活動中。小・中学生二児の母。
慶應義塾大学経済学部卒 | ペンシルバニア大学ウォートンビジネススクール修士卒|ペンシルバニア大学国際ビジネス修士卒
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