父は半透明
今朝方、猫にご飯をあげたあと、ついつい二度寝をした。
その時に夢を見た。
60代ぐらいの父だろうか。
赤い地のネルシャツを着て、少し気難しい顔をしている。
葉書よりも小さいサイズの、いつも愛用しているノートを見ながら、なにやら考えている風情。
今よりも若くて、今よりも髪が黒くて、今よりもしっかりとしていた、思い出の父。
父は、父が書斎としている部屋の、机の前の椅子に座っている。
父が仕事部屋にしていた部屋で、本当はピアノのための部屋にするはずが、父が居座ったからピアノが物置となった部屋だ。
何列も書架をぎっしりと並べて、父の仕事用の本やら書類やらが詰め込まれた部屋。
代々の古いパソコンが、いくつも眠っていた部屋。
70代になって父が仕事を辞めてから、何度片付けるように言っても、その頃には体力的にも衰えて片付けられなくなって、やりかけた分だけ更にごちゃごちゃとして人が入る余地がなくなった。
その部屋に、父がいた。
部屋にはピアノがなく、壁沿いに書架を残すだけで、すっきりとした空間になっていた。
ああ、父はここまでがんばったんだ。
父と何かを会話しながら、私は部屋の中を視野に入れながら、そんなふうに考えた。
父と何を話していたのかは、さっぱりと覚えていない。
ふっと、目の前の父と二重移しに、半透明の父がすっと立ち上がり、書架の本を開いてなにやら調べだす。
え?と驚いて、目の前の椅子に座ったままの父を見ると、その父もうっすらと半透明。
え?
いわゆるドッペルゲンガー的なものでありましょうか。
目の前の椅子に座っている父に、父が分裂していることを気づかせてはならないのではないでしょうか。
あわあわ。
そんな夢を見た。
目覚めて、ああ、と思った。
ああ。
昨日、父が退院した。
6月に発熱したことをきっかけに入院し、歩行できなくなったので、リハビリ病院に転院して昨日まで入院していた。
帰ってきた父は、違うものになってしまったと思った。
汗臭く不潔なにおいがする、言葉が通じず、感情が伝わらないものに。
以前の生活の様式をすっかりと忘れてしまい、世話をしてもらうことをいちいちぼうっと立って待っているだけのものに。
戸惑っている姿が可哀想なのであるが、変わり果ててしまったことに、私よりも母のほうがショックを受けていた。
夜中、父が寝た後に母と話し合った。
これは猶予期間である。
来る父との別れに向けての心の準備帰還である。
そう思うしか。
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