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【読書感想文】「僕の好きな人が、よく眠れますように」中村 航

 今日は「僕の好きな人が、よく眠れますように」という本の感想文を書きます。

 この小説の存在を知ったのは、この読書感想文noteがきっかけでした。

“この小説は「甘い恋愛小説を読みたいけどなかなか手を出せない人」におすすめの小説です。

楽しい表現がたくさん使われていて、恋愛小説初心者の方はもちろん、小説をあまり読んだことのない方にもおすすめの本です。”

恋をしたくなる『僕の好きな人がよく眠れますように』  中村航 | aoi-nagisa | 読書📕 より引用



 ある日ブックオフで110円棚を漁っていた時に、この本を見つけ、「あっnoteで見た本だ」と思ってその場で冒頭をパラパラとめくりました。

 物語の中の会話が小気味良く、文章だけでも「この女性キャラクター可愛いわ」と魅力が伝わってきたので、購入しました。

 ここから先は物語のネタバレも含めた感想になります。書きたい事を全部書いたら4,500字を超えました。本に興味を持った方は上のリンクの感想文を先に読むことをおすすめします。


あらすじ

 この小説は東京の理系大学院生の主人公山田と、山田の所属する研究室へ配属された同じく理系大学院生の斎藤恵-めぐの物語だ。

 北海道から1年という期限付きで東京の大学院へやってきためぐに対して、山田は初めから好印象を抱いていた。ただ、めぐは北海道で学部生時代の先輩と既に結婚していた。つまり人妻である。

 山田めぐは共に時間を過ごしていくうちに居心地良く感じるようになり、1度学校外で個人的に会ったのを皮切りに毎週のように一緒に飲みに出かけるようになる。ついにはお互いに気持ちを伝え、デートをし、毎晩お互いの部屋に泊まるようになる。まあ言ってしまえば不倫である。

 この本はそんな2人の、不安と幸福の入り混じった時間を描いた物語である。


恋は盲目ってこういうことか

恋は盲目
恋におちると、理性や常識を失ってしまうということ。

デジタル大辞林 小学館

 この小説の中で、山田めぐは惹かれ合い、不倫という関係性になるわけですが、一般的に不倫と聞いて想像するドロドロとした関係性というよりは、ごくごくありふれた若い人間の理想的な交際のように見えます。

 山田めぐが会話をするシーンが多く描かれますが、こっちが「あれ?この2人って不倫してるんだよね」と不安になるほどに旦那の話が出てきません。
 まあ、そんな話題は2人を現実に引き戻すだけなので、敢えて避けているのは理解できます。ただ、めぐの方は、自分が夫を裏切っている身でありながら、山田が研究室の他の女と親しくすると、嫉妬をするような素振りをするので、この女正気か!?と思わずにはいられませんでした。

 小説が山田視点で描かれるので、めぐの心理描写が分からないのもありますが、あまりにもめぐが自然に山田といちゃコラするので、『ちょっとは「不倫」をしている人間の顔をしろ』と憤ってしまった部分もあります。


 めぐは大学1年の時に当時4年生の旦那と付き合い始め、その2年後結婚したそうです。つまり、交際期間2年、結婚3年目という計算になります。

 ここからは想像になりますが、大学で出会ったということは、めぐの友人も旦那の友人も2人の交際を知っていて、結婚を祝ったはずです。

 2人の両親も、若くしての結婚ということで、不安はあったでしょうが、最終的には祝い、喜んだはずです。

 旦那さんだって、これまでの4年間で様々な思い出を作ってきたはずです。これからの将来の話もたくさんしたでしょう。小説内でやきもち焼きだと描写されていました。めぐが1年間北海道を離れて東京の研究室へ行くことを不安に思ったに違いありません。それでも、彼女の研究のためを思って離れて暮らすことを受け入れたはずです。


 という風に、一言で不倫といっても、その結婚の背後には多くの人の存在があったはずです。

 相性の良い、話していて心地の良い相手と出会った事で、こういった周りの人の存在が見えなくなってしまった2人を踏まえると、「恋は盲目」という言葉を改めて思い知らされました。


簀巻きが結末を暗示していると思った

す‐まき【×簀巻(き)】

1 簀で物を巻き包むこと。また、そのもの。
2 江戸時代の私刑の一。からだを簀で包み、水中に投げ込むもの。すのこまき。
3 湖や沼の浅い所に簀垣を設け、魚を捕らえる装置。

デジタル大辞林 小学館

 この物語は結末がどう転ぶか予測できなかった点が面白かったです。良い読書体験でした。
 実際、2人がロマンティックな意味合いでくっ付くかどうか、つまり不倫をするかどうかすら本の真ん中まではっきりとしていませんでした。

 物語の中盤で山田は、バイト先で出会った木戸という不思議な男に、「既婚者を好きになったが、ある程度親密になった所でこの先どうすればいいか分からなくなった。好きすぎてどうしようもなく苦しいのだ」と相談します。
 それに対して木戸は、「何もかも全部解決する気で、全ての想いを込めて握手しろ。それですっきりしろ」とアドバイスをします。
 そして後日、握手をするために山田は喫茶店へめぐを呼び出し、そこで2人はそれぞれの想いを全て吐き出します。

 ここでちょうど本の半分くらいでした。
 この時私は、もしかすると、この話はこのまま『2人は惹かれ合ったけど、一線は越えずにいい思い出で終わりました』エンドになって、残りの半分は別の短編小説になるんじゃないかとすら考えていました。
 まあ結局そうはならなかったんですけどね。握手した2人はそのまま手を離すことが出来ずに、より親密な関係になります。


 その後2人はデートに行ったり、部屋でいちゃいちゃしたりするんですけど、その中で「すまき」という概念が生まれます。布団の中に2人で横になって布団でぐるんと巻かれるのが「すまき」です。

「すまきの中には、おれらしかいないね。ここには愛しかないよ」

山田のセリフ

 この「すまき」は物語の中でちょくちょく出てきます。
 もちろんそれらは微笑ましいシーンなのですが、何せ私はこの小説の結末が予想できなかったものですから、『もしかしてこの「すまき」はこの小説のラストシーンの暗示で、最後は北海道の旦那に不倫がバレて、旦那の知り合いの漁師に山田は簀巻きにされてしまうんじゃないか』という考えも頭によぎって、無意味にハラハラしてしまいました。

 この小説は大枠でいうと微笑ましいラブストーリーなのですが、その関係性が不倫ということで、2人がくっ付くかどうか、どういう終わり方を迎えるのかが簡単には予想出来なかったので、最後までドキドキして楽しめました。
 山田めぐが共に20代前半というのも予測の出来なさに拍車をかけていたと思います。


至高の寝取られ小説

寝取られ
自分の好きな人が他の者と性的関係になる状況に性的興奮を覚える嗜好の人に向けたフィクションなどの創造物のジャンル名を指す。

Wikipediaより引用

 この小説を読むのに、主人公の山田に感情移入しても、めぐに感情移入してもいいし、第三者視点から見て2人の行く末を見守ることもできます。

 が、私のおすすめはめぐの旦那視点で小説を読む事です。めぐの旦那は1ミリも物語の中に姿を現しません。しかし想像するのです。「あなたは北海道で働く2年目の会社員。4年前に大学で出会った妻を、心配ながらも1年間東京に送り出したが、実は他の男と楽しそうに過ごしている」と。

 もちろんNTRは特殊性癖なので万人にはおすすめできませんが、適性のある人間にとってこの小説は至高の体験になるはずです。

 作者の中村 航さんは男女が楽しそうに会話をする描写が上手く、旦那視点で読むと全ての会話で脳が破壊されます。また前項で話した「すまき」もやばいです。

 また、めぐが1週間ほど北海道へ帰るイベントがあるのですが(山田視点なのでめぐの北海道での様子は描かれない)、本当は6泊だったけど、離れたくないから4泊にしたとか言うし、帰ってきた後も、「山田さんとは前世から会ってた気がする」とか「来世は素早く結婚しようか」なんて会話をするので、ここでも脳が破壊されます。

 とにかく、この小説は山田めぐの会話が非常によく描かれているので、そのまま読んで、甘ったるい会話の中に少し差し込む陰を味わうのもいいですが、旦那視点で読むことで至高のNTRに化けます。


不倫は悪いことなのか

ふ‐りん【不倫】
道徳にはずれること。特に、配偶者以外と肉体関係をもつこと。また、そのさま。

デジタル大辞林 小学館

 この小説は4月から大晦日までの約8か月間が描かれます。ただ、山田めぐが出会ったのは4月だけど、初めて外で2人きりで会うのが7月末、親密な関係になったのは9月からです。

 お互いの好きと言う感情が抑えきれずに、不倫という関係になってしまったことはまあ百歩譲って仕方がないとして、そこからずっと関係性を変えずに進んでいったところがめぐの悪いところです。

 めぐ山田と楽しく過ごしながらも、毎晩23時には旦那に電話をするし、長期休みには北海道に帰ります。
 山田めぐもまだ若く、同じ年代の人間がくっついたり別れたりを気軽に行なっていることを考えると、まあ2人の関係にも叙情酌量の余地があるようにも思えます。しかし、めぐは口では離れたくないと言いますが、結局旦那と別れる素振りは見せず、挙句「(旦那と)仲はいいほうだと思う」なんて口にしてしまいます。

 そうなると結局、奥さんと別れる気はないけど不倫を楽しむ一般的な不倫と変わりません。出会う順番が違っただけのピュアな恋愛ではなく、ガワが若いだけのドロドロの不倫です。


 この物語は、山田が2人の関係を終わらせるというラストを迎えます。(正確には紅白で白が勝ったら北海道へ飛んで関係を続ける、紅が勝ったら終わらせると決めて、紅が勝った)

 山田の方は大丈夫です。たまたま好きになった相手が既婚者だっただけで、自分から関係を終わらせる選択が出来たし、そもそもめぐの方の旦那や家族、友人たちと面識が無いので、誰も裏切っていません。

 一方でめぐはというと、山田の逆で、旦那だけでなく全ての身内を裏切った上で、バレることなく(社会的に制裁を受けることなく)不倫が終わりました。

 呪術廻戦にこんなセリフがあります。

なんつーか 一度人を殺したら
「殺す」って選択肢が 俺の生活に入り込むと思うんだ

漫画 呪術廻戦 24話

 どうして相手が悪いやつであっても「殺し」をしたくないのかを尋ねられた時の虎杖の名言です。

 これでいうと、めぐの生活には「不倫」という選択肢が入り込んだことになります。
 きっとこの先の人生で、他の男性と仲良くなった時には簡単に「不倫」という選択肢が浮かぶでしょうし、旦那に対しても「不倫」をするんじゃないかという疑いの目を向けることになるでしょう。

 一度「不倫」をするって事は善とか悪とかじゃなく、そういう事なんだと私は考えます。


おわりに

 題材が不倫という事で、ここまでの感想では少し突っかかるような言葉を並べてしまったし、特にめぐに対しては辛辣になってしまいましたが、ヴォルデモートが嫌いでもハリーポッターは楽しめるように、小説としては私はこの「僕の好きな人が、よく眠れますように」をとても楽しく読みました。

 何回も言いますが、特に会話の描写が非常に良くて、セリフだけでめぐの可愛さが理解できるし、2人の会話でいかに2人の相性が良いか、そして浮かれているかがよく分かります。

 ストーリーも先が読めないし、あまり長くないので手軽に読めるしで、良い小説でした。

 甘い恋愛小説を読みたい人や、至高のNTRを体験したい人におすすめです。

    長い文章になりましたが、ここまで読んでいただきありがとうございます。

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