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侍タイムスリッパー感想(ネタバレあり)

    今日は「侍タイムスリッパー」を観たので感想を書きます。
    タイトルでも書いた通りネタバレがあります。注意してください。
    面白かったかどうか、話が進むごとに何を考えたか、どこが良かったか、どこが悪かったか、好き勝手にいろいろ書くので、読みたくない方は気をつけて下さい。
    未来の自分もこの感想を見返すだろうと思い、妥協せず書きたいことを全て書いたら5,900文字を超えました。読まれる方は心して読んでください。


◯まずはじめに

    もちろん公開前からこの映画のことを知っていたわけではありませんでした。
    Twitterやなんかで評判を目にする事が多く、「カメラを止めるな」と同じような盛り上がりを見せているように感じたので、これは自分の目で確かめないと、と思い観ました。
    事前に知っていたのは、侍が現代にタイムスリップする事とその侍が時代劇の撮影に関わる事、そしてコメディだという事でした。
    どマイナー作品が跳ねたという事でカメ止めと同じようにギミックのあるコメディなのではないかと期待していました。

    では次の文章からネタバレ大いにありの感想に入ります。お気をつけください。


◯作品の味が変わる

    上で期待していたギミックですが、特に脱帽するような目立つものはありませんでした。ただ、ストーリーが進むごとに楽しめる味が変わるようには感じました。
    そこのところを映画の内容にも触れながら具体的に説明していきます。

    まずこの映画の主人公は会津藩の侍・高坂です。彼が幕末の京都で反幕府勢力・長州藩の敵と戦っている最中に、現代京都にある時代劇の撮影所にタイムスリップします。初っ端からタイムスリップします。

①コメディの味

    ロケの真っ只中にタイムスリップした高坂は訳も分からず周りをうろつくが、時代劇で皆が着物姿なので自分がタイムスリップしたことに気づかない。しかし全てが作り物である時代劇のセットや役者に戸惑ってしまう。また現代人たちも、この侍を変な動きをするエキストラだとしか思わない。

    ここで私が上手いなと思ったのが、侍・高坂の倫理観が江戸時代である事と、真剣を所持している事でした。
    つまり、高坂が一度刀を抜いて誰かを斬れば人死にが出てしまう。そういった緊張が高まった状態で空気が緩めば人は思わず笑ってしまいます。いわゆる「緊張と緩和」ってやつです。
    ここの最初の撮影所のシーンは、その「緊張と緩和」が上手く働く場面設定を用意できたという点で、いいコメディパートであったと思います。
    もちろん映画全体の味がコメディなんだけど、ここの場面が上手いなあと一番感じました。

②異世界転生ものの味

    そこからしばらく街を彷徨ったり、タイムスリップした事に気づいたり、寺にお世話になる事が決まったりするのだが、グッとくる部分はなかったので少し飛びます。
    その後、侍・高坂は、時代劇の斬られ役の代役を経験した事で、この見知らぬ未来で斬られ役として生きていくことを決意する。斬られ役の師匠に入門した後は、やはり刀を扱う事が高坂に合っていたのか、良い演技を連発し、時代劇の監督に見初められ、モブ斬られ役から台詞付き斬られ役へと出世する。

    江戸時代の侍は刀を扱うのが仕事で、常に腰には真剣をぶら下げ、幼い頃から剣の稽古は欠かさなかった。そんな本物の侍である高坂が、演技スキルの一つとして刀を扱っている他の役者の中に入れば、一際光って見えるのは自明で、周りの人間をごぼう抜きして良い役を貰います。
    それまでの描写で高坂がどういう人物か知っているのもあり、高坂がテンポよく地位を得ていく様は見ていて気持ちが良かったです。
    つまりここのパートでは、元居た世界では普通だったスキルを使って異なる世界で名声を得るわけで、雑に言えば異世界転生ものと同じような味がしました。

    師匠と共に殺陣の稽古をするシーンでは、本来なら高坂は斬られて負けないといけないのに、体が勝手に動き、何度やっても勝ってしまいます。
    高坂の高い剣術スキルのせいで上手く負ける事ができない様は、手加減できなくて魔法の威力が大きくなりすぎる転生モノのベタなシーンに重なるような気がします。(言い過ぎかもしれない)
    ちなみにここのシーンの、師匠が何度斬られてもしっかりとやられるリアクションするところはめっちゃ笑いました。映画の中で一番面白かったかもしれません。

③BLの味

    斬られ役に慣れてきた高坂はある日、ベテラン俳優 風見の新作時代劇での共演者に指名される。
    しかし、初めての対面時に、彼こそがタイムスリップ前に戦っていた長州藩の侍だと伝えられる。ただし、飛ばされた時代は高坂よりも30年前の時代。風見も高坂と同じように斬られ役からスタートし、そのスキルで時代劇スターに昇り詰め、10年前に時代劇を引退した後は、普通の俳優として成功ていたのだ。
    それを聞いた高坂は一度は敵意を露わにするが、共演することには同意し、共演作の撮影も順調に進んでいく。

    この30年は大きいですね。敵の侍・風見はタイムスリップ時に若かったので、人生の半分ほどを現代で過ごしたわけです。
    言葉は通じるが何もかもが異なる現代にタイムスリップし、自らに出来ることは剣術だけなので斬られ役としてがむしゃらに働き、能力が認められてだんだんと出番が増えていき、いつの間にか時代劇界を牽引するスターになっていて、とある事情で時代劇に出なくなった後も俳優として活躍し続ける。彼の30年を考えると気が遠くなる思いです。
    江戸時代のことを忘れることはなかったでしょうが、元の時代に帰ることは当に諦め、本当の自分を知る人間がいないこの時代で死ぬことはもう覚悟していたと思います。

    そこへ現れたのが主人公の侍・高坂です。一度は殺し合った相手とはいえ、元の時代を唯一共有できる人間が現れたのですから、相当喜んだんだろうなというのは想像に難くありません。
    それを証拠に、風間は高坂に近づくために嫌になって辞めたはずの時代劇へと復帰し、撮影中も常に優しい態度で高坂に接します。
    高坂の方も、記憶がまだ鮮明なため敵意こそ剥き出しにしますが、やはり唯一の侍ということで風間と接する態度は満更でもないように見えました。

    ここに関係性を見出せないわけがないじゃないですか。おじさんとおじさんの関係性なので単純にBLと表記してしまいましたが(僕はBLを嗜んでいないので安易にこの単語を使うべきではなかったかもしれない)、高坂と風間はお互いがお互いに唯一無二であることには違いないわけです。
    僕はこの共演作が成功して、2人で街ぶら番組に出たり、番宣でバラエティ番組のゲストとして2人が出演する画が見えました。高坂がボロを出しそうなところを風間が笑顔でフォローする画が見えました。そういう2次創作が既にたくさん存在していても全く驚きません。風間の登場以降はそういう味がしたのです。

④サバイバーズギルトの味

〈ストーリー〉風間との共演作の台本が少し変わったことをきっかけに、江戸幕府が倒れた後に出身地である会津藩がどういう悲劇に見舞われたのかを高坂は知ることになる。その後の高坂は、撮影でNGを連発し、飲めない酒に逃げるなど、精彩を欠く。
    ついには、共演作のラストである高坂と風間の決闘のシーンを模造刀ではなく真剣で行おうと提案する。風間もそれに了承しラストシーンは真剣で行い、しかも振りなしのアドリブで行うことになる。

    サバイバーズギルトとは戦争などから生き延びた人が生き残ったことに対しての罪悪感を抱くことであり、他の映画だと「ランボー」や「ゴジラ-1.0」で描かれていました。特に「ゴジラ-1.0」はこのサバイバーズギルトの要素があったから、米国でもウケが良かったのだという分析を見たことがあります。
    会津藩の悲劇を知った後の高坂は、新政府側である長州藩そして風間への憎しみをさらに増したように見えましたが、同時にこのサバイバーズギルトに苦しんでいるようにも見えました。また真剣での勝負を望んだのも、風間との決着をつけるためのようであり、また、この殺陣を死に場所とするためのようでもありました。
    風間に関してもそうです。高坂が真剣での殺陣を申し込んだ時、真剣勝負を受け入れた上で風間は静かに涙を流しましたが、ここは、風間が自らの命を惜しんでいるようにも、苦しんでいる高坂に同情したようにも、はたまた、(既に死んでいるべき自分が)死ぬタイミングを見つけて感極まっているようにも見えました。
    ただ、この真剣を使う辺りの高坂と風間の考えははっきりとしたセリフでは語られなかったので、正解は正直言って分からないです。これらの感想が的外れの可能性も大いにあります。


◯良かったところ

・殺陣

    この映画は高坂と風間のタイムスリップ直前の殺陣のシーンから始まりますが、ここの殺陣から迫力がありました。どマイナー映画ということで正直クオリティに関しては舐めてかかっていた部分もあったので、思ったよりしっかりした作りなのだと認識を改めることになりました。

    そんな序盤の殺陣を圧倒的に超えたのがラストの殺陣です。殺陣自体が良かったのはもちろん、ハラハラ感が他の時代劇とは違いました。普通の時代劇ならば、主人公が敵を斬るのが普通なのに対し、ラストの殺陣は、設定が現代の映画撮影である以上、高坂にしろ風間にしろ、逆に少しも斬れてはいけないので、緊迫感が違います。
    また、殺陣のシーンの段階では、映画の結末が読めなかったのも要因です。もちろん2人とも生き残るのが一番丸い結末なのは分かっていましたが、雷が落ちて2人が江戸時代に帰る可能性、高坂が斬られ満足しながら死ぬ可能性、風間が死んで敵討ちが果たされる可能性も多少ながら残っているわけで、大作映画ではなく大勢のお客さんを想定していないという性質上、バッドエンドを取る可能性も大いにありうるわけです。
    そういった展開の読めない状況下で、迫力のある殺陣が更にハラハラ感を増して最強になっていました。(スローモーションは好みではなかったけど)

・役者

    主役の人は、上手くは言えないがとても侍が似合っていた。背が高く、程よく筋肉がついていて、話し方も良かった。髷を切って現代の髪型に変わった時は逆に違和感があったくらいに。

    他には風間の役者と、殺陣の師範の役者も良かった。

    カメ止めの時もそうだったけど、役者のことを全く知らない状態の映画は先入観なく物語に没入できてとても良いです。

・風間

    風間が高坂よりも30年も前の時代にタイムスリップしていたという設定が良かった。2人目のタイムスリッパーがいるというだけでなく、時代をずらすことで、話の展開の可能性の幅が広がってより面白くなったと思う。

・予想のしやすさ

    映画全体の話のことではなくて、もっと短いスパンの展開の予想のしやすさのことです。映画自体は展開が読めなくてとても良かったです。
    そうでなくて、例えば、高坂が初めて斬られ役に挑戦するシーンで、「芝居は分かるか」と聞かれ、「(殿と一緒によく観に行ったので)分かる」と答えます。すると観客は芝居=歌舞伎だと勘違いしていると予想でき、実際高坂は斬られた後で歌舞伎の見栄を張って大袈裟に倒れます。
    この映画は全体的にそういったベタな展開が多くて、フリからオチが予測し易く、また適切な間が与えられるので、観客は笑う用意ができ、しっかりと笑うことができます。これはコメディとしては良いことだと思います。
    ただ個人的にはこの予測のしやすさは長所でもありますが、短所にも片足を突っ込んでいます。


◯気になったところ

・タイムスリップものとしての正確性

    序盤はこの映画のジャンルを「コメディ」「タイムスリップ」「SF」だと考えていたので、江戸時代の侍が現代人の言葉をすんなり聞き取れることやアラビア数字をすんなり読めること(アラビア数字が広まったのが日本で広がったのが幕末から明治時代らしいので矛盾はしてない)、ショートケーキを食べて即座に美味しく感じること、現代の街を無事に歩けることに対して少し違和感を覚えてしまいました。(もちろん自分も侍ではないので分からない。それらの描写が真に正しいのかもしれない)
    ただ途中から、この映画のジャンルは「コメディ」「タイムスリップ」「ファンタジー」で、そういった過去と現代の差異を擦り合わせる部分にフォーカスする気は無いのだと認識し直したのでその辺りは気にならなくなりました。
   

・なんか古く感じる

    これは自分の感覚でしかないけど、映像の撮り方やBGMに20年くらい前の雰囲気を感じました。
    ただ、劇中の年代が2000年代っぽい(江戸幕府滅亡から140年というポスターが劇中に出てきた)ので、それっぽさを出そうとした結果なのかもしれません。
   ニコニコ動画なら「上映まで20年かかった映画」ってタグがつけられてそうでした。

・優子いる?

    江戸時代の侍・高坂と現代とを繋ぐ大事な役どころなのは分かる。他の登場人物がおっさんばかりの中で貴重な女性だということも分かる。でも優子いる?


◯まとめ

    エンタメ作品としての見どころはあったし、時代劇という元気のないジャンルに対しての応援歌になり得るような映画でもありました。殺陣の迫力を味わうという点でも大画面で観て良かったです。ただ、全く隙のない100点満点の映画かというとそうではなく、それなりにクオリティの低い部分はありました。そういった場面があっても途中で止められないという点でも、映画館で観て良かったです。
    あと、エンドロールで同じ名前が何度も何度も出てきたのは、少人数で工夫しながら作られた映画だということを感じられて良かったです。


    というわけで感想でした。一度観ただけなので、間違っている部分もあるかもしれませんが、自分と同じような「映画を見たら感想を漁りたい」人間にとって、少しでも腹の足しになれば幸いです。

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