【ショートショート】進撃せず非巨人
19世紀、北海道の西側の島、奥尻島にて私は生を受けた。
東北地方から魚を追いかけてここに住み着いた和人の子孫である。
天気の良い日は島から対岸の本島がはっきりと見える。
目を凝らすと煙や何かの反射した光などが確認できるため、確かに向こうにも人が居て生活していることが分かる。
大人たちから「あのあたりが瀬棚で向こうが江差だ」などと教えられるため、地名と場所は知っているものの、
船に乗ったことのない私にとって奥尻島は全てであり、未知の対岸を眺めることは星空を眺めることとあまり変わりのない行為であった。
そんなある日、ついに江差に行く船に乗せてもらえることになった。
その日の海は穏やかで潮の流れも良く、気が抜けるほど呆気なく着岸することができた。
港町を見渡すと、信じられないほどの人や物の多さ、干した魚、野菜、毛皮などの種類に圧倒された。
しかし、本質的に人は同じであることを実感するとともに、むしろ魚の質などは島の方が良いような気さえした。
「なんだか拍子抜けだな」と思いながら一人で街を歩いていくと、奇妙な人間がいることに気付いた。
「その人」は、道をフラフラと歩いているだけだが、目つきが人のそれではない。
何となく行き交う人たちも、「その人」を避けているように見える。
一瞬、「避け損ねた」男の肩口に「その人」が噛みついたのだ!
噛まれた男は諦めたように目から光がなくなり、「その人」に任せるまま肩を噛み千切られた。
男は激痛に耐えながら逃げるようにそこから居なくなった。
「誰も何も言わない!」
皆、何事もなかったかのように振る舞っており、それが余計に異様さを際立たせた。
私はすぐに引き返し、船に乗り込んだ。
私の様子を見た大人たちは、私が何を見たか分かっているように感じられたが、最後まで「その人」が何なのか教えてはくれなかった。
私もその事を口にした瞬間に何か大切な平衡が崩れるような気がして何も言えなかった。
大人になった今でも私は島に住み続けており、時々その出来事を思い出すが、
その度に島の息苦しい人間関係の方が数倍も恐ろしく感じてしまい、「その人」が海を渡って島に来ないかと少しだけ期待してしまう。
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