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【ショートショート】萬屋の改心

「萬屋」はこの村で唯一の店である。

すべての商売は萬屋の思うがままである。
店主のケチ兵衛は、商売のためならあこぎなことであろうと躊躇なくやる。
多くの村人が萬屋に雇われていたが、ケチ兵衛の人使いの荒さに閉口していた。

「建功寺」はこの村唯一の寺である。

すべての村人は建功寺の檀家である。
和尚の良庵は、村人に読み書きを教え、穏やかな気持ちで日々過ごすことを説いた。
良庵は多くの村人に尊敬された。

ある日、ケチ兵衛は良庵を訪ねた。

「和尚。
ワシは銭を殖やす事ばかり考えてきた。
そのせいで、村人にも、使用人にさえも嫌われることになった。
ワシは店をたたもうと思っている。
心を入れ替え、和尚の下で一から修行したい。」

「ケチ兵衛殿。
ケチ兵衛殿が穏やかな気持ちで日々過ごすことができるのであれば、
そうすれば良いでしょう。
私はケチ兵衛殿の心に寄り添うだけです。」

ケチ兵衛は店をたたみ、建功寺で修行することにした。

店を失った村は、小競り合いが絶えなくなった。

萬屋に依存し妬むことによって村は上手くいっていたのだ。

萬屋の使用人は働き口を失い、村を出るか小作人として慣れない百姓仕事をやらねばならなくなった。
例え作物が実っても地主に納めたら残りわずか。
それを店に売ることもできず、仕方なく地主のところに行って銭と替えてもらう。
手間賃を引かれ、僅かの銭。
生きてゆくこともままならない。



困った村人は建功寺を尋ね、ケチ兵衛を説得した。

「ワシは今、とても穏やかな日々を過ごしている。
もう萬屋のことは忘れた。
ワシの貯めた銭は皆に配ろう。
元使用人の弥吉に店を作らないか聞いてみよう。
それでよろしいか。」

ケチ兵衛は村人に銭を配った。
そして、弥吉の家に向かった。

「弥吉よ。
今更ワシが言うことではないが、
村人のために店を始めてはくれないか。」

「旦那。
オレは旦那の商売を見てきた。
銭の恐ろしさ。
銭は多くても少なくても身を滅ぼす。
店を始めたら銭は殖えるが、不安になる。
銭を守ろうと疑心暗鬼になる。
だが、オレは待っていた。
旦那がこうして訪ねてくる日を。」

弥吉が店を始めたおかげで村に平和が訪れた。
弥吉は多くの村人に尊敬された。

「旦那。オレはこんな日を待っていたんじゃ。
オレが旦那の仇をとったんじゃ。」

村人たちは、次第に銭を信じるようになり建功寺へ行く者もすっかり減ってしまった。

良庵和尚は「銭を生み出せず、ケチ兵衛を隠居させた村の治安を乱す厄介者」とされた。

わからず屋の村人にケチ兵衛は一言言ってやりたくなった。

和尚は言った。
「私が嫌われ者になって、村が上手くいっているのならそれが一番ではないですか。
ケチ兵衛殿。
あなたは今まで全てを背負ってきた。
私にも分けて頂きたい。
欲しがることは「執着」でしょうかね。」

村人に読み書きできる者がいなくなったのは、もう少し先の出来事である。

(終わり)

(1167文字…)

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