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【小説】日本の仔:最終話

 その後、LIGOとKAGRAによる次元の隙間の観測結果は、時子さんが計算した予測と完全に合致するようになり、桃里くんの魂を見る能力を使って局所重力レンズ望遠鏡で観測した宇宙空間の魂も、白や黄色の普通の魂が現れ始めたことが確認された。

 その事を電波通信で父さんたちに知らせたが、返信はなく、電波通信機の故障なのか何なのか、原因は分からなかった。
 よく考えてみたら、EPR通信ができないということは、時子さんからの航法支援を受けられなくなるということだけど、まあ、二人の天才が乗ってるんだから、大した支障じゃないかもしれない。

「父、Mam...」
 突如、両親と話ができなくなってしまったエマとイーサンは呆然としていた。どれだけ頭がよくても、中身は中学生。彼らの悲しみは幾ばくか計り知れない。
 それでも、彼らは両親が自分たちのために宇宙に旅立ったことをきちんと理解していて、自分たちの役割を果たそうとした。

 海外でパンデミックした致死性の高い新型コロナウイルスは、エマによって遺伝子操作を施した弱毒ウイルスへの置き換えを進めることによって危険性を下げ、風邪並の致死率となった。事実上の終息だ。

 これに伴って、救助隊の海外派遣も始めることとなり、まずは近場のアジア諸国へ医療部隊と生活インフラ(発電、食料、通信など)の支援を始め、現地の人と一緒に支援の輪を拡げていった。
 日本の支援部隊だけでは、全世界の支援は難しいと判断し、主要都市から現地の人と協力して支援を拡げるという手段を取った。

 暴走して過冷却を続けていた宇宙煙突は、すべて冷却機能を停止することができた。時子さんがハッキングしようとしたものの、回線はすべて物理的に遮断されていたため、直接現地に行ってコントロールを修復させた。この任務には、楢原一尉を隊長とする陸自の第一空挺団が当たった。作戦には武蔵も一緒に参加したらしい。

 地球氷河期化の原因となった海流の変化については、時子さんの超精密グローバルシミュレーションによって、1950年代と同じ地球の気象となるように海底に設置されたMHD推進機を制御することになった。

 既に失われてしまった森林や汚染されてしまった大気、オゾンホールなど、これも時子さんのシミュレーションによって、全世界の復元計画が立てられ、森林とオゾンホールの復元、大気の浄化(PM2.5、二酸化炭素、メタン吸着除去)が進められた。

 こうして、地球環境は少し前の時代の状態に戻すことができる見通しが立った。この間に世界人口が4億人まで減少し、環境負荷が激減したからこそ可能となったが、人口が元のままだったら、恐らくムリだっただろう。
 奇しくも、あの意識体が地球を救ったという見方もある意味できなくはない...
 地球に住む生き物として、情けない。
 もう二度と地球を、時子さんを汚したくない。
 この思いが引き継がれていって欲しい...

 僕は、まだまだたくさんいる赤い魂を持った母親の胎内にいる子どもたちを助けたい。
 その子どもたちには、時子さんを汚さず共に生きていくことを伝えよう。

【果歩】
 もらった1億円は奨学金の返済に充てた。けど、9,500万円以上余ってしまったので、残りは母に渡した。
 これまでたくさん苦労を掛けてしまったから、これからの人生に役立てて欲しい。
 母は喜んで、今付き合っている人との結婚資金にすると言った。いや、結婚資金には多すぎるでしょ。
 まだお相手に会わせてもらってないんだけど、ちょっと嫌な予感がしていた。
 蘇生されてから人の心が読めなくなって、その時はものすごく不安になったんだけれど、その代わりなのか、予感というか閃きが鋭くなった。
 そのお相手が、昔私に交際を申し込んできたダメな男の人のような気が、ものすごくするのよね...

【茉莉】
 皆から離れて檜原村の実家に帰ると、お母さんとおじいさんが迎えてくれて、いつも厳しいお母さんが、今回は「よくやったわね」と褒めてくれた。すぐに涙が溢れてきた。私はずっとお母さんに褒めてもらいたかったのかもしれない。

 そうして、私は元の高校生に戻ったけれど、前のような筋力はなくなっていて、毎日の自転車通学が辛かった。
 登り坂がこんなに辛いなんて、思いもしなかったわ。
 それでも世界を建て直して、オリンピックの舞台に立ちたいという想いは少しも薄れなかった。
 今までの三倍練習すれば、きっとメダルに届くはず!
 決して諦めないわよ!

【武蔵】
 母ちゃ、楢原隊長の下、陸自第一空挺団に所属した俺は、陸上自衛隊の任務をこなす傍ら、ラリーの世界選手権を再開できるように、まずは日本国内でのレース開催に向けて様々な人とコンタクトを取り始めていた。
 アメリカで瑞希兄が諦める必要はないと言ってくれたから、恐る恐る母ちゃんにも話してみたら、すんなり許してくれた。俺一人だったら何も言えずにいただろうに、瑞希兄、初めて尊敬したよ。

【桃里】
 もう毎日が嬉し楽しくてしょうがない!
 まさか、こんな完璧な身体になれるなんて、そして完全な身体がこんなに楽しいなんて!
 見るものすべてが新鮮で、今まで言葉でしか知らなかったものを実際に見て、「ああ!そういうことか!」と納得する満足感がずっと続いていた。
 そして、ずっと願っていた色の答え合わせができた!答えとイメージはほとんど合ってなかったけど、様々な色を感じることが嬉しくて「スゴい!」という言葉を連発していた。
 僕がこんなに幸せでいいんだろうか?

【静】
「…」

【玲奈】
 さて、地球の再生計画も予定通り進み始めたし、私の役目もほぼ終わりね。
 秀くん、元気かしら。
 ま、きっと元気よね、あの子のことだから。
 これから私はどうしようかしら。
 今一番興味があるのは、瑞希くんの睡眠導入のメカニズム。なぜどんな環境でも、あんなに早く眠りにつけるのか、脳波の周波数を自在にコントロールできているんだわ、きっと!
 解明したい!
 それに、あのどんくささ!堪らないわ。
 これって、これって、もしかして、好きってことなのかしら?

【鍊】
 今回のことがあって、「日本の子」として生まれた私は、これまで日本人の役に立たなければならないという「使命」に縛られてきたような気がした。
 徳永チルドレンと知り合って、もしかしたら自分の好きなように生きてもいいのではと思い始めた。
 恋愛なんかもしてもいいのか?
 どうしよう!?
 今まで感じたことのない、ドキドキする気持ちが湧いてきた。
 これが生きるということなのか?
 どうしよう!

【時子】
 46億回、私が生まれてから太陽の周りを回った回数。長かった気もするし、一瞬のような気もする。
 色々あったような気もするし、何もなかったような気もする。
 でも、今回は初めて人間という存在と意思を疎通した。
 それまで何も感じなかった私の心が、何か色づいたような気がした。
 彼らと一緒に行けるところまで一緒に暮らしていきたい。

 私はあなたたちをどれくらい好きになれるかしら?

「日本の仔」完

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