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くるくる電車旅〈馬のお仕事〉

「また御朱印をいただきに行きましょう」と、姉にさそわれ、秋晴れの日曜日、電車を乗り継ぐ旅に出た。

行き先は、姉がスマホ探索でみつけた小垣江神社。刈谷最古の神社で、ステキな御朱印をいただけるという。

名鉄知立駅から、三河線に乗り換える。この駅の乗り換えは、なかなかたいへんである。一階のホームから三階に上がり、跨線橋を渡って、また一階に降りる。姉が「膝が……」というので、エレベーターを探して利用した。

小垣江駅は、小さな無人の駅で、降りたとたんに祭り囃子が聞こえてきた。
「お祭りみたいね」
「きっと小垣江神社だね」
さほど遠くないところに、こんもりした森が見える。祭り囃子は、そこから聞こえてくる。
わたしたちは、こんもりした森を目指して歩き始めた。

途中、農業用水とおぼしき川があった。赤い欄干の橋をわたる。欄干は、馬を描いた銅のプレートで飾られている。馬に人がぶらさがっているような絵もある。
「ここ、馬の牧場がある?」
「馬術競技が盛んなんじゃない?」
テキトーなことをいいながら歩いているうち、祭り囃子の音は、だんだん近付いてきた。

音源は、予想通り小垣江神社だった。低い山ひとつがまるごと神社になっている。たくさんの人がいた。からくり人形の乗っていない山車を男衆がひきまわしていた。お囃子を鳴らしている人も、見ている人も、祭り半纏を着ていた。木立に囲まれた坂道を登っていくと、いっそうにぎやかな人の声が聞こえてきた。道の両側には、屋台も並んでいる。ちょっとした繁華街にきたような人混みだ。食べている人も、歩いている人も、混み合う人々は知り合いらしく、わたしたちは、異邦人の気分を味わった。

屋台の列が終わると、「小垣江駈馬」と書かれた旗が風にパタパタしていた。馬の臭いというか、馬糞の臭いも風に運ばれてくる。柵に囲まれた馬場があった。内側1周しても百メートルあるかないかの狭い馬場だ。なにやらアナウンスされて、1頭ずつ馬が走り出てくる。走る馬の手綱にぶらさがり、若い男が乗ろうとする。馬場を1周する間に、人が馬に乗れれば人の勝ち。乗れなければ馬の勝ち。どうやら、そういうことらしい。

わたしたちが、行ったときには、駈馬はすぐに終わってしまったが、つながれている馬をみることができた。ポニーも含めて、10頭ぐらいの馬が、おとなしく並んでいた。ヒンともいわない。わたしたちは、つながれている馬の後ろをあるいた。

馬の後ろ姿を、こんな間近で見たのは、初めてだった。丸いお尻から、長い女の髪のような尾が垂れ下がっている。長い脚はスラリとしている。馬たちは、みんなおとなしくしているが、たいくつなのだろう。イライラと前足で、土を搔く馬がいる。

1頭1頭よく見ると、明らかに若い馬と、老馬がいた。若い馬は、毛並みがつやつやしていて、脚はシュッとまっすぐで立ち姿も美しい。毛がボサボサで、お尻に贅肉がつき、脚がO脚になっているのは、老馬だろう。

若い馬は、馬糞をもりもりしている。老いた馬の後ろに、馬糞の山はほとんどない。
きっと腸の働きが悪いのねなんて思うと、可哀想になってきた。

「この子たち、どこから連れてきたのかしら。今日はレースがない日かしら」
見かけによらず競馬好きの姉は、馬のお仕事を気にする。
ほんとに、この馬たちは、どこから来たのだろう。

全部の馬の後ろ姿を写真に撮り、わたしたちは、本殿で参拝をすませ、御朱印授与所に向かった。
祭礼用の特別御朱印の日とかで、そこも人が多かった。御朱印帳を中の人に渡すと、「今日は、特別御朱印のみです。見開きで大きいから1000円です」と、いわれた。(高い)と思ったけれど、あとにはひけない。1000円出すと、「せっかくの御縁ですから、通常の御朱印もどうですか。書き置きならあります。500円」
なんとなく断れなくて、もう500円出してしまった。
姉は?と見ると、しっかり断っていた。

授与された御朱印は、なかなかステキだった。
返された御朱印帳には、神社の由緒書きがはさまれていた。読むと、「日本武尊ゆかりの神社」とあった。ヤマトタケルが、ここで何をしたというのか。さらに読んでいくと、東方遠征の帰りに、熱田の港とまちがえて、小垣江の入り江で船を降りてしまったのだとか。

また馬の後ろを歩いて、神社を出た。
馬たちには、もう一仕事あるのだろう。おとなしくつながれていた。
老いた白い馬は、うなだれて、濡れた目をゆっくりまばたいていた。



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