緋実

鏡を見ながらバックするのが苦手で、気がつけば、もう40年もペーパードライバー。どこへ行くにも、てくてく歩き、カタコト電車に乗って・・・小さな旅を楽しんでいます。

緋実

鏡を見ながらバックするのが苦手で、気がつけば、もう40年もペーパードライバー。どこへ行くにも、てくてく歩き、カタコト電車に乗って・・・小さな旅を楽しんでいます。

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紫陽花忌

きみよさんが旅立った。 訃報は、きみよさんのスマホから、ショートメールで届いた。受け取ったのは、土曜日の夜だった。 文末には『代筆 ごんちゃん』と、記されてあった。「ごんちゃん」とは、きみよさんのだんなさまの呼び名だ。 スマホの文字を見ていると、ジワジワと涙が湧いてきた。家族に涙を見られたくなくて、その夜は、早めに床に就いた。 きみよさんとは、物語や小説を書く同人誌の会で知り合った。内紛のようなものに巻き込まれて、きみよさんが会を離れてからも、わたしたちのつきあいは続いて

    • ブックサンタの季節2024

      アメリカ大統領選が終わった。 勝ったのは、大方の予想に反して?、あるいは、やっぱり?、暴君のようなふるまいをする、“あの人“だった。 日本は、世界は、どうなってしまうのだろう。混乱の渦、暗黒の4年間。 テレビに出ている“識者“や“専門家“は、暗い予測ばかり述べ立てる。 どうかどうかオソロシイことにはなりませんように……。極東の小さな島国のかたすみで、テレビを見ているだけのわたしには、祈ることしかできない。 画面が切り替わり、当選したばかりの“あの人“が、大映しになった。 いか

      • くるくる電車旅〈馬のお仕事〉

        「また御朱印をいただきに行きましょう」と、姉にさそわれ、秋晴れの日曜日、電車を乗り継ぐ旅に出た。 行き先は、姉がスマホ探索でみつけた小垣江神社。刈谷最古の神社で、ステキな御朱印をいただけるという。 名鉄知立駅から、三河線に乗り換える。この駅の乗り換えは、なかなかたいへんである。一階のホームから三階に上がり、跨線橋を渡って、また一階に降りる。姉が「膝が……」というので、エレベーターを探して利用した。 小垣江駅は、小さな無人の駅で、降りたとたんに祭り囃子が聞こえてきた。 「

        • くるくる電車旅〈旅は道連れ〉

          4年前に90歳で逝ったわたしの母は、バス旅行が大好きだった。一日に数カ所の観光地を巡る過密スケジュールの、あのバス旅行である。60歳から80歳までの20年間、バス旅行のために生きていたといってもいい。日本中の観光地をぜえんぶまわった、というのが、晩年の母の自慢だった。 母が亡くなったとき、姉が遺品の中から御朱印帳をみつけてきて、屏風のように広げ、棺に入れた。バス旅行で集めたものだった。気のせいか、死者の顔がにんまりしたように見えた。 「なんかいいね」 「うん、極楽へ行けそう

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        紫陽花忌

          わたしの庭〈曼珠沙華〉

          今年は、もう咲かないのだとあきらめていた。 彼岸花。9月になっても、猛暑日が続いていた。夜も気温が下がらず、熱帯夜続き。 『彼岸花の開花が遅れています』 そんなニュースを耳にすると、(わたしの庭だけじゃないんだ)と、少しだけホッとした。 『最低気温が20度を下回らなければ、彼岸花は咲きません』ー そんなことをいう気象予報士もいた。それを聞いたときは、絶望した。そんな日は、いつになったら来るのだろう。いつまで待てばいいのだろう。そのうち彼岸花は、待ちきれずに花をあきらめ、葉っぱ

          わたしの庭〈曼珠沙華〉

          くるくる電車旅〈小鳥の王国〉

          降水確率80パーセントの雨予報なのに、いっこうに降る気配のない日曜日。古墳を見に行きたくなって、家を出た。 東海市にある名和古墳群。 ヤマトタケルの妃、ミヤズヒメゆかりの古墳だという。 名鉄常滑線の普通電車しか止まらない駅、名和駅で降りる。海に近く、低い土地だ。駅を出るとすぐ、「伊勢湾台風浸水位」と書かれた白いポールが立っていた。見上げると、地上2メートルぐらいのところに、赤線がひかれている。 歩き始めてすぐ、地図を忘れたことに気がついた。しかたなく、禁断のグーグルマップ

          くるくる電車旅〈小鳥の王国〉

          わたしの庭〈ある日突然〉

          突然、庭にキノコが生えた。暑さと台風の置きみやげ。 大きく開いた白い傘。直径10センチ、いや15センチはあろうか。フライパンでジュージュー焼いてポン酢をつけて食べたら、おいしそう。 ああ、でも…… 図鑑で調べたところ、オオシロカラカサタケにまちがいない。 毒キノコである。誤って食べると、頭痛、悪寒、下痢、嘔吐、血便…… 死亡することもあるらしい。 腐生菌。たしかに、わたしの庭でも、枯れ朽ちて根だけ残った木の近くに生えている。 亜熱帯原産の帰化生物。近年の温暖化で、急速に日本列

          わたしの庭〈ある日突然〉

          くるくる電車旅〈金魚と文鳥〉

          やっと途絶えた猛暑日が、わずか二日で復活した水曜日、弥富歴史民俗資料館を訪ねた。 弥富は、金魚と文鳥の産地である。 近鉄、名鉄、JR。名古屋駅からどれに乗ろうか迷ったが、いちばん時間がかかりそうな名鉄で行くことにした。各駅停車の普通電車で、遠廻り。長く電車に乗っていられる。 乗客は、少なかった。 川をいくつか渡ると、窓の外は、市街地から田園風景に変わった。農道を、10人ぐらいの小学生が一列になって歩いて行く。午前十一時。夏休みの登校日の帰りだろうか。半分ぐらいの子が日傘を

          くるくる電車旅〈金魚と文鳥〉

          夏の思い出〈金魚は川で〉

          むかし、わたしが小学校1年生だったときの話です。 夏休みのある日、となりの家のコージくんと、コージくんのお父さんに連れられて、商店街の夏まつりに行きました。 商店街は、川の向こうにありました。自然にある川ではなく、江戸時代にお城に水を引くために作られた川で、町の人たちは、『御用水』とよんでいました。橋の欄干が、ちょうどわたしの背の高さで、欄干のすきまから川をのぞくと、黒い鯉がびっしり群がって泳いでいるのが見えました。 商店街の両側には、露店がぎっしりならんでいました。おも

          夏の思い出〈金魚は川で〉

          2024大相撲名古屋場所観戦記

          名古屋場所四日目。愛知県体育館に相撲を見に行った。欲しかった二人マス席は手に入らず、四人マス席に二人という贅沢。 会場に入ったのは、午後2時半ごろ。 チケットのもぎりを、むかし栃東だった親方がやっていた。わたしのチケットは、親方の太い指の間に吸い込まれ、身もだえするようにちぎられた。半券といっしょに、赤地に大入と白で抜いたポチ袋をいただいた。表に「ありがとう愛知県体育館」と、行司さんの誰かが墨書したであろう字が印刷されていた。 この体育館で場所を開催するのは、今年が最後な

          2024大相撲名古屋場所観戦記

          くるくる電車旅〈ほんに昔の昔の事よ〉

          東海道刈谷駅付近に、宮城道雄の供養塔があるという。宮城道雄といえば邦楽家。「春の海」の作曲者であることは、日本人なら(おそらく)誰でも知っている。宮城道雄は、盲目だった。その人の死が列車からの転落死だったことは、内田百閒の「東海道刈谷駅」で知った。 梅雨の最中だというのに猛暑日予報の土曜日、わたしは、刈谷へ供養塔を探しにでかけた。 内田百閒『追懐の筆』(中公文庫)が旅のお供だ。この中に「東海道刈谷駅」が載っている。百閒先生にとっと宮城道雄がどれほど大切な人だったか、ひしひし

          くるくる電車旅〈ほんに昔の昔の事よ〉

          美濃路〈死者と生者の混じる道〉

          6月の初めての土曜日。美濃路を歩いた。 清須宿から名古屋宿へ向かう道。 名鉄須ケ口の駅から美濃路に入る。 須ケ口とは、むかし、清須の城の城郭の入り口だったことからつけられた地名。 1560年6月12日、桶狭間合戦で、織田信長は今川義元に勝利した。 「信長公記」によれば、討ち取った今川兵の首は三千。今川義元の首は、塩漬けにして丁重に駿河に送り返したが、兵たちの首は、この地に塚を築いて供養したという。 人が行き交う街道の辻󠄀に。 名だたる武士の首は、名札をつけられ、化粧を施

          美濃路〈死者と生者の混じる道〉

          くるくる電車旅〈国を離れて〉

          5月5日のこどもの日、三河八橋の無量壽寺を訪ねた。 毎年5月には、カキツバタ祭りが開かれる。 三河八橋といえば、「伊勢物語」の東下りだ。 昔ある男が、東へ向かう旅の途中、カキツバタが咲いているのを見て、干飯を食べながらこんな歌を詠んだ場所。 からころも着つつなれにしつましあれば はるばる来ぬる旅をしぞ思ふ 三河八橋へは、名鉄三河線で行く。 わたしは、姉と二人で、地下鉄の駅で電車を待っていた。金山駅で名鉄に乗り換えるつもりだった。 ホームの端のベンチに座っていると、若い

          くるくる電車旅〈国を離れて〉

          くるくる電車旅〈物語の誕生〉

          名鉄小牧線間内駅のすぐ東側に、武将の銅像が立っている。 お城や古墳や天下の奇祭。 小牧線の電車には、よく乗る。 間内駅で降りたことはないが、車窓からいつも、銅像をながめていた。 その銅像の武将様が、浅井長政であることは、ネットで調べて知っていた。 ゴールデンウィークの曇天の一日、わたしは、間内の武将様に会いに行くことにした。 間内駅は、名古屋空港にほど近い。 小牧市と春日井市の境にある小さな駅だ。 西から降りれば小牧市。 東から降りれば春日井市。 東口を出ればすぐ、柵

          くるくる電車旅〈物語の誕生〉

          くるくる電車旅〈覇王のうぶ声〉

          織田信長の生誕地には諸説ある。 那古野城説。 古渡城説。 近年有力とされているのが、勝幡城説。 名鉄勝幡駅の駅前広場に、あかちゃん信長の銅像があると、津島に住む友人から聞いた。 降水確率90%の日曜日、思い立って、あかちゃん信長に会いに行った。 雨が降り出さなかったら、勝幡城址まで歩きたいとも思った。 午前10時ごろ、雨傘を持って家を出た。 天気予報アプリでは、20分後に雨が降り出します、なんていっている。 空を見上げれば、意外に明るい。 薄日すらさしている。 だい

          くるくる電車旅〈覇王のうぶ声〉

          くるくる電車旅〈将軍たちの身長〉

          開花のおくれた桜が満開になった日曜日、姉をさそって、電車を乗り継ぐ旅に出た。 行く先は、三河大樹寺。 「ついてくわ。よろしくね」 姉は、にっこり微笑んだ。 彼女は、ひとりで電車などに乗ったことのない深窓の人。 名鉄東岡崎駅から名鉄バスに乗り、大樹寺で降りた。 バス停の名前は大樹寺だが、まわりは住宅ばかり。寺院はあたりに見当たらない。 姉は、バッグから地図を取り出そうとする。 後方から、黄色のトレーナーを着た女の人が、歩いてきた。 わたしは、その人をよびとめた。 道をた

          くるくる電車旅〈将軍たちの身長〉