くるくる電車旅〈ひかりの橋〉
港から初日の出を見よう!と、思い立ったのは、年末の25日だったか26日だったか。
いままでは、自宅近くの見晴らしのよいどこかから見ていた。
東西に流れる川の橋の上からだったり、銀河鉄道の異名をもつ高架鉄道の駅からだったり。
どこに行っても、大勢の人が集まっていた。
見知らぬたくさんの人々と、はつひのよろこびを共有するのは、なぜか感動的だった。
その感動を、こんどは港で!と思ったのだ。
港へ行くには地下鉄に乗らなければならない。乗り換えも必要だ。いったい朝何時に起きればいいのだろう。アレクサに元旦の日の出時刻をきくと、7時2分と教えてくれた。
ならば、4時半には起きなければ。
初めて遠足に行くこどものように、わたしは、ワクワクしてその日を待った。
大晦日の夜は、いつもより早く寝た。
4時半に起きなければと思うと、なかなか寝つけない。おかしな夢ばかり見る。
あやかし芸人なる人物が幻灯機を掲げ、暁の空に城の天守閣や歌舞伎役者の顔を映して歩いていた夢は、もっと見ていたかった。
起床したのは、五時少し前だった。いっしょに行きたそうにしている家人をふりきって、外に出た。暁闇の空に、下弦の半月が輝いていた。
最寄り駅で乗車を待つ人数は、まばらだった。5時45分発の電車に乗り込む。進むにつれて人は増え、港行きの電車に乗り換えると、一段と乗客は多くなった。
わたしは、夜明け前のだんだん明るくなってくる空をながめるのが好きなのだ。これが、地上を走る電車だったら、どんなにいいだろう。電車の中でノートを書きながら、そう思った。
地下鉄の駅から地上に出ると、暁闇だった空は、薄皮一枚はがしたように、少しだけ明るくなっていた。
東の空の端が、透明な朱色に染まっている。
天頂を見上げると、下弦の半月は、ほんのちょっとだけ西よりに移動していた。
埠頭には、たくさんの人が来ていた。若者が多く、徹夜で飲み騒いだ勢いでここへ来たのか、荒々しい笑い声にあふれていた。
波の色は、鉛色だった。
客船だろうか。大型の船が停泊している。
その横から見える空の底が、ひときわ明るい透明な朱色に輝いている。
鉛色だった波が、銀鼠色に変わるころ、海鳥の群れが飛びたった。
東の空の端のある一点、そう、大型客船の横から見える一点から、黄金色の光が差し始めた。
工場群の黒い影の上から、光の球体が姿を現す。まぶしくて直視はできない。
おひさまの誕生だ。
おひさまから埠頭まで、ひかりの橋が投げかけられるのを見届けて、わたしは港を離れた。
空を見上げると、地上の騒ぎを見守っていた下弦の半月は、紙のように白くなり、やがて空の青に溶けて見えなくなった。
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