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ひのき舞台は探偵と一緒に:11.再登板依頼#4

「私の見てきた事柄を、一から語るのは勿論可能です。だけどね、私は過去の出来事や誰かの思いを語ることに、あまり重きを置いていません。なぜなら、そこに真実が存在すると言い切れないからです。例え私が真実だと思って伝えても、君が疑いを持てば、それは疑問として君の中に残るだけです。後ろを振り返って答えの出ない謎に振り回されるよりも、目の前の謎を解決しながら前進した方が発展的ではないですか? 人は過去には戻れません。私達には未来しかないんです。その未来で君のお父さんが罪を償ってくれていると良いなと私は思っているんです。君にも、君を育て上げてくれたお二人にも、心から謝罪して欲しいしね。お爺様もお婆様も、君を本当に大切に育てていましたから……そうそう二人からね、君をよろしくと言われているんです。実はあの箪笥、一緒に選ばせてもらったんですよ。君に、まずはひとつ本物を持たせたいと望まれてね。上京してからこれまで、こっそりと二人に君のあれやこれやを報告したりしてね……勿論、肉眼で見える範囲で」

 これはおとーさんの作戦に違いない。彩菜の【感情スイッチ】を見事に突いてくる。

(……ズルイこういうの……私の性格、把握してるんだろうな)

 彩菜は、ゆっくりと顔を持ち上げた。おとーさんと視線を交える。そしてポツリ。

「私は祖父母を、とても大切に思っています。ですから二人を傷つけてきた人間に遠慮なんかしません……おとーさんに協力します。その代わり、お願いがあります」
「何だい?」
「特殊な才能云々抜きで、私の芝居を観て欲しいです。あの日、私本当に嬉しかったんです。自分の演技をつぶさに拾ってくれた人に会えて、本当に……ですからもう一度、観て欲しいです。私が助手の役目を終えても、観にきて下さいますか?」
「こっちがお願いしたいくらいだよ。君の芝居には力がある。全てが終わったら、君が芝居に専念できる環境を整える思いでいるよ、私は」

芝居に専念できる環境

 なんて甘美な響き。自分の能力を発揮し、人様の役に立ち、そして欲しかったモノを手に入れる。数ヶ月前には考えられなかった未来が現れた。これはもう後ろを振り返っている場合ではない。細かいことはもういいじゃないか。人は皆、俗物なのだ。欲望に正直に生きればいいじゃないか。

 彩菜、スッと立ち上がり、おとーさんに頭を下げる。頭を元に戻し、手を前に。

「どうぞ、よろしくお願いいたします!」
「こちらこそ!」

 ギュッと固い握手。となると思ったが、差し出されたおとーさんの手は、チョキのカタチ。

「はい、私の勝ちですね。案外あっさり勝てましたー。では再び行って参りまーす!」

え? 何?
勝ちって何!?
つーかジャンケンじゃねーし!!

 立ち尽くす彩菜。おとーさんを見送りに事務所を出て行く緑子。ソファーで笑い転げる紡。

「チョキ、そこでチョキなんだ……あー、はあ……腹筋ちぎれそう」
「浅いんですね、笑いのツボ」
「そんなことないっ! え? 今の可笑しくない? 絶対に握手の場面なのにさあ」
「ですよね握手の場面ですよね!? 何ですか、私の勝ちって?」
「だからね、そういう人なのおとーさんは。真面目なのか不真面目なのかわかんない。って、真面目なんだけど……何かさ、また会いたいって思わない?」
「まあ、そんな、気も、しない、でもない、です、けど」
「素直にスラスラ言ってよお! 今笑いスイッチ入ってるから何でも笑っちゃう」

 彩菜の冷たい視線を浴びながら紡はひとしきり笑うと、水を求めてキッチンへ。

「彩菜ちゃん」
「はい?」

 彩菜が振り返ると、紡はグラスを手に、明が立っていた場所に佇んでいた。

「明が感情むき出しにしたのはね、おとーさんに多大な恩を感じているからなんだ……僕らが作っているものって、ここにくるまで知らなかったでしょ?」
「あ……はい」
「そうなんだよね。つまり求められることが少ないんだ。本当に本当に少数のお客様を相手にしていて、この仕事で食べていくのは難しい。だけど僕らはこれがやりたくて、人に相手にされなくてもやり続けてたんだ。そして、それぞれ別の場所でおとーさんに見つけてもらったの。僕は力士のまわしを作っている作業場で、明は自作のアクセサリーを売ってた露天で、緑子はうっかり紛れ込んじゃった象牙の密輸現場で」
「緑子さんだけデンジャーな香りが漂ってますけど」
「緑子って今でこそあんな感じだけど、ここにきた頃はもう凄かったんだから本当に、って、過去を話すと怒られそうだからこの辺でやめとく……と・に・か・く、僕ら全員、おとーさんに恩がある。好きな仕事を続けていられるのもおとーさんのおかげ。明は僕等よりあとにここにきたし、おとーさんに会った回数も少ないから、敬意みたいなものを上手く表現できないんだろうね。だからあんな風に緊張したり、彩菜ちゃんに対して怒っちゃったんだと思う……うん、そんな感じに理解しといてあげて」
「ツムさんが明のフォローなんて珍しいですね」
「だってイヤなんだもん! 二人がガンガン言い合ってるの見ると嫉妬しちゃう!」
「えー……大人げないなあ」

 と言いつつ、仕事場で見た紡の横顔を思い出す。トクン。彩菜は胸の高鳴りを覚えて、視線を逸らした。

「あ、えっと……明に謝りに行ってきます」
「え! ひとりで? 明の部屋に?」
「いや、別に謝りに行くだけであって……あ! 緑子さんに一緒に行ってもらいます、はい」
「僕も行くよ」
「いやいや大丈夫ですから本当に! あ、私お茶が飲みたくなってきたなー、ツムさんが淹れてくれたお茶が飲みたいなあ……淹れてくれます?」
「勿論! サイッコーに美味しいの淹れとくね」
「よろしくお願いしまーす」

 意外と素直に引き下がった紡を残し、彩菜は一階へ。階段の途中でおとーさんを送り終えて戻った緑子と遭遇。

「あのー戻って早々すみません。緑子さんに、お願いがあるんですけど……」
「ん? なあに?」
「えっと……一緒にきてもらえませんか? アホに謝りに行くので」
「いいわよお! 偉いじゃないの自分から謝りに行くなんて。アホにはできないわ」

 緑子にナデナデしてもらった後、明の作業場へ。

 いない。部屋の中だろうか。キャンピングカーをノック。応答なし。もう一度ノックしようとした瞬間、緑子に手を掴まれる。

「シッ……ほら、耳澄ませてみて……聞こえるでしょ」

 キンキンキンキンキン。小さな小さな金属音。何かを慎重に叩いているような、とても繊細な音。

「職人モードの時は声をかけないほうがいいわ……ほら、ちょっと覗いて見て……たぶんアレ、兜の模様付けしてるのよ」
「かぶとの、模様つけ?」
「明はね、甲冑師になりたいのよ」
「え? 自在置物は?」
「自在置物はね、戦がなくなって甲冑作りの仕事を失った職人達が作り始めたらしいわよ。甲冑作りの先輩方が作ったんなら自分も、って感じゃないかしら? あれで意外と研究熱心なのよね……ほら、結構イイ顔で仕事してるでしょ。普段は、ただのアホなのにね」

 緑子はそっとキャンピングカーを離れた。そして作業場を見渡しながら、穏やかな笑みを浮かべる。

「おとーさん、この作業場を生かしてくれる子が見つかって良かったって言ってたなぁ……元はここ、詐欺グループが使ってたらしいわよ。今は真っ当に使われて建物も喜んでるかもね……彩菜ちゃん、ホントに大丈夫?」
「え?」
「お父さんのこと」
「あ、はい……ビックリはしましたけど、顔も声も知らないから割り切れてるというか」
「そう。もし辛くなったら言ってね。案外強引だから、おとーさんは」
「ありがとうございます」

 案外っていうか相当強引だけど、という本音は飲み込み、彩菜は緑子とともに事務所へ戻った。

「あれ? 早いね。明は?」

 お湯沸かし中の紡。首を傾げてお出迎え。

「お仕事モード。興奮したから鉄に触れて心を鎮めてるんじゃないかしら?」
「わっかりやすいなあ、明は」
「あら、ツムさんだって十分わかり易いと思うわよ。ねえタッキー?」

 こっち見んな! と言いたくなるような緑子のニヤニヤ笑顔。緑子も職人モードになれば、普段の顔とは違う意味での【イイ顔】になるのだろう。

(おとーさんは、みんなの、どんな未来を見てるんだろ……)

 再会の時はメチャクチャで、あっという間に過ぎ去った。しかしおとーさんの言葉は、彩菜の心に深く、深く刺さって、残っている。

 私達には、未来しかないんです

(そう、未来しかない。前進あるのみ! 全部終わったら芝居に専念できる……全部? え? ちょっと待って。全部終わるのって、いつ!?)

【ひのき舞台は探偵と一緒に:12.ロングラン】に続く


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