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ひのき舞台は探偵と一緒に:15.特殊効果#4

 目の前に現れた町田広海とネコ。その正体はわかったものの、それが意図するものがわからない。

 うーむと眉間に皺を寄せた彩菜。脳内に飛び交うクエスチョンマーク。それを吹き飛ばしたのは、背後からの声。

「アイアン鉄子ぉっっ! 貴様、今すぐこれを何とかしろォっっ!」
「は? いや何とかしろって言われても」

 しようがないんですけど、と素で続けそうになるのを堪え、彩菜は町田を見据えた。

 頬を引きつらせた町田。きっちり整っていた髪の毛は乱れに乱れ、襟には汗染み。震えを堪えているのか、体には必要以上に力が入っているようにも見える。そして右手には何とも物騒な代物が。彩菜の記憶が正しければ、それは一般的にサバイバルナイフと呼ばれるアイテムである。

「町田さん落ち着いて! 落ち着いて聞いて下さい。これは私の仕業ではありません」
「うるさいっ……もう何もかも貴様のせいで滅茶苦茶なんだ。そうだよ貴様の……」

 町田はブツブツ言い続けながら、握ったサバイバルナイフの刃を見つめている。

(本当に違うんだけど通じないなコレ。つーか、カー君? おいっ、どこ行った!?)

 彩菜の問いかけに答える気配はない。味方を求めて空間を見渡す彩菜。その視界の端で町田が動く。顔をスッと持ち上げ、吹っ切れたような笑みを見せた町田。不気味。

 最高に危険と判断したその時、蛭田が町田にしがみついた。

「逃げて! 鉄子さん早く逃げて!!」

 必死にしがみつくも、蛭田はあっけなく床に押し倒される。町田の異常に強い眼力が、蛭田に向かう。

 標的が移った、と彩菜は瞬時に察した。

「蛭田様!」

 足を動かす。と同時に、町田は彩菜に体を向けた。

(……ウソ。マジで……)

 左の肋骨付近に衝撃。彩菜は後退。町田はその場に崩れ落ちた。手には、サバイバルナイフ。

(予告ナシかよ……テメエ死ねー! とか言いながらくるもんじゃないの普通……)

 ガクン。彩菜の膝は床に落ちる。蛭田の悲鳴が響く。はあはあと荒々しく息をする町田と目が合う。ニヤリ。顔面汗まみれで笑った町田。その首に突如クロガネが巻きつく。町田は即、苦悶の表情に。

[ アヤナ! ダイジョウブカ! ]

(クロガネ……)

[ アヤナチャン シッカリ! ]

(カー君……二人とも遅いよ……)

[ アヤナ! ]

[ アヤナチャン! ]

 クロガネとカー君の声が遠のく。遠のいて、いつの間にか聞こえなく、

[ オイ、アヤナ! ]

[ アヤナチャンッテバ! シッカリ! ]

 ならない。

(あれ?)

 パチクリパチクリ。目を瞬かせた彩菜。右手をそっとナイフが突き刺さったであろう場所へ。服に穴が空き、ジンジンとした痛みがある。しかし血は滲んでいない。

(あ! そうか)

 なーるほど、と彩菜が納得した瞬間、ダダダダダダァッっと部屋に人が雪崩れ込んだ。

「全員、動かないで! 警察です。町田航! 麻薬取締法違反容疑で逮捕する!」

 警察と名乗ったスーツ姿の男は、白い紙を町田の目の前で広げ、素早く町田の右手を締め上げた。そして手からナイフを取り上げる。

「銃刀法違反の現行犯。何をしようとしたのかは署でゆっくり聞いてやる」

 町田は状況を把握しているのかいないのか、無抵抗で大男に両脇を抱えられ、部屋の外に。いつの間にかクロガネは町田の首から撤退。

(クロガネ? カー君?……えーーーっとつまり、私は助かった、のかな?)

 体は無事。しかし警察がやってきたとなると、色々と事情を説明しなければならない。こっそり逃げよう。

(いやダメダメダメ!)

 よこしまな考えを吹き飛ばしたのは、視界の端で動いた蛭田。

 眩暈を起こしたのか、蛭田は体をふらつかせた。彩菜が反応を示すよりも速く、スーツ姿の男が蛭田の体を抱きとめる。男は体の芯を保った蛭田と向かい合い、視線を合わせ、はっきりと音を放った。

「蛭田早知子さん。貴方にもお話を聞かなければいけませんので、ご同行願います」
「はい」

 蛭田は迷いなく返事をし、丁寧に頭を下げ、そして静かに言葉を紡ぐ。

「少しだけ、お時間をいただけますか? このお嬢さんと、お話がしたいんです」

 スーツ姿の男は了承した様子で一歩後退。蛭田は彩菜の前にくると、床に膝をつけた。

「鉄子さん、ありがとう……」
「やめて下さい。蛭田様、さ、立ちましょう」

 彩菜は蛭田と同じような姿勢になり、顔を覗き込んだ。蛭田の顔には、穏やかな笑み。

「貴方のおかげで、この数ヶ月、とっても楽しかったわ……しばらく会えないけど、また一緒におでん、食べてくれるかしら?」
「……あの、私……私は」
「その時は、鉄仮面ナシでね」

 とてつもなく優しい笑みを浮かべた蛭田。そして彩菜の返答を待たずに立ち上がり、歩き出す。蛭田はスーツ姿の男に頭を下げ、男に背を押されながら部屋を出て行った。

 ゆらりと立ち上がり、呆然と立ち尽くす彩菜。その隣に、長身でがっしりとした制服警官が立った。

「……滝本、大丈夫か?」

 聞き覚えのある声。彩菜は素早く警官に顔を向けた。

「探偵達は回収した。早くここから出るぞ」

何故貴方が?

 そう問うより速く、彩菜の体はフワリと男の肩に担ぎ上げられた。


【ひのき舞台は探偵と一緒に:16.幕間2】に続く


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