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マイルドセブン

「娘に辞めてって言われたらタバコ卒業しようかな~」

そんな言葉はただの気まぐれで、結局父は唯一の実の娘に言われても煙草を辞めはしなかった。

父といえば煙草のイメージ。

キッチンの換気扇の下に椅子が常置されていて
そこには必ず、
ふわふわがついていない耳かきと
灰皿と水色のケースの煙草が置いてあった。
父のフルセットである。

父が部活のお迎えに来てくれる時は、なぜかいつも部活が長引いてしまう日ばかりで、「ただいま~」と車のドアを開けると煙草と芳香剤の匂いで充満していた。
その匂いと持ち前の三半規管の弱さで、私はいつも車に乗ると酔ってしまうので、ぼーっと外を眺めて気を紛らわせるしかなかった。

基本は家でゲームをするのが好きな、インドアな家族だったが、ちょこちょこプチお出かけに連れて行ってもらった。

よく父は「静かなところと賑やかなところ、どっちに行きたい?」と聞いてきた。《静かなところ》と答えると『ネットカフェ』に連れていかれ、《賑やかなところ》と答えると『ゲームセンター』に連れていかれるのがオチだ。

正直、年頃の娘からするとお洋服屋さんとか雑貨屋さんとかに行ってみたいところではあったが、田舎にそんな洒落たお店なんてものはないし、どっちにしろ漫画が読み放題だったり、大好きなラブ&ベリーのカードゲームがやり放題だったりと、当時の私はそれなりに大喜びに楽しんでいた。

帰りは必ずスーパーかコンビニに寄った。自分から「アイス買ってほしい」と言えない引っ込み思案な私は、「アイス買ってあげるから好きなの選びな」と言われた日以外は、父の後ろをついて歩いていた。

そこでは必ず煙草を買っていた。
そしてある日、スーパーの入り口に置いてある煙草の自販機で買うとき、何かのカードを自販機に当てていた。
「なにそれ」と聞くと、父はそのカードを見せてくれた。
《taspo》煙草が買える証明書カードのようなものだった。
幼き頃の私には、身分証明書やパスポートのようなそのtaspoがキラキラして羨ましく思った。

時は流れて現在。24歳になった私はふとtaspoの存在を思い出した。調べてみると2026年の3月で廃止してしまうみたい。

別に煙草は吸わないけど、あの日のことを思い出したら欲しくなり、新規申し込みをした。

別に煙草は吸わないけど、あの日の父と同じ年齢になった今、父が依存していた煙草を少し覗いてみたくなった。

今、父の吸っていたマイルドセブンはメビウスに名前が変わっているし、そもそも父はいつの間にかアイコスに変えていたし、しかも今煙草を辞めたかもしれないという噂をちょっと聞いた。

健康の為を考えたら辞めてくれた方が嬉しいんだけれども。

名前も環境も状況も、あの頃には願っても戻らないんだなとふと寂しくなった。





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