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アンティークショップ『琥珀』
今日こそは。
その古びた扉を私は開けた。くぐもって鳴るベルの音。
アンティークショップ『琥珀』
平凡な日常を変えてくれるような、重厚な木壁。会社帰りいつも、意気地なくそのそばを通り過ぎていた。
「いらっしゃいませ」
オーナーらしき男性の、低い声。その顔には、深いしわが刻まれている。そばには、金でふちどられた漆黒のレジがあった。
若造の女子が来てよいのだろうか。ほんの一瞬、私はお店に入ったことを後悔した。
店内を見渡す。
にぶい銀色の陳列棚。古めかしい掛時計、かすれた革のトランク、ボタニカルな曲線の鏡、ゴシックドレスの人形、玻璃製のオルゴール、羽根ペンとインク。
「わぁ……」
私は、すぐその空間のとりこになった。時間の流れに抗ったような世界。
ふと、一つのランプに目を奪われた。猫脚のサイドテーブルの上に置かれている。
薄琥珀色のガラスが下にいくにつれ膨らみ、まろやかなラインを描いている。
「お客様、お目が高いですね」
オーナー、と呼んでいいのであろうその男性、の胡麻塩髭がボソっと動いた。
「あの、これはおいくらですか」
思いきって私は尋ねた。
「それは売り物じゃないんですよ」
私の秘蔵品で、テーブルに貼り付けてあります。そうオーナーは付け足した。
よく見るとランプの持ち手には、ベルベットの紐が結ばれてあった。テーブルの脚に隠すように、くくりつけられてある。
「盗難防止をしてまで、なぜお店に置いているんですか?」
しわだらけの目尻が、優しく笑った。
「お客様がここに通いたいと思えるようになったら、いつかお話いたしましょう」
結局この日、私は何も買わずに店を出た。
後ろで、ベルの音が響く。不思議な空間が閉まる音と共に。
次はいつ、この扉を開けようか。
私の暮らしに、ささやかな楽しみが生まれた。
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![星沢名南🌠懐かしさ、優しさ、温かさ創作](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/163387279/profile_cb7ab6620d313fb8e12e68314d6d7c4a.jpg?width=600&crop=1:1,smart)