アニメ「T・Pぼん」レビュー (1)
2024年5月からNetflixで配信されている、藤子・F・不二雄先生の原作に基づく新作アニメ「T・P(タイムパトロール)ぼん」について、各話のレビューを書いていきます。
各話について、あらすじ、原作との相違点、個人的感想、スタッフ紹介で構成しており、ネタバレを含みます。作品を未視聴の方はご注意ください。
なお、レビュー初回に限り、原作についての解説、全体を通したアニメの作画面などについての感想も、あわせて言及しています。
今後、週に1~2回のペースで更新していければと考えていますので、よろしくお願いいたします。
原作とアニメ化について
この作品「T・Pぼん」の原作は、潮出版社の雑誌「少年ワールド」、その後同誌が改題した「コミックトム」で、1978年~1986年にかけて掲載されました。F先生が「大長編ドラえもん」の連載などで多忙を極めていた時期と重なるため、特に第2部からの掲載ペースはかなり不安定ですが、F先生にとって大好きな「歴史」を扱った意欲的な作品でもあり、繁忙期やご病気されていた時期には休載を挟みつつも、断続的に描き続けられました。
原作単行本は、これまで潮出版社、中央公論社(中央公論新社)、嶋中書店、小学館から様々なレーベルで発刊されていますが、全話収録されていて、2024年現在もっとも入手しやすいのは、小学館「ビッグコミックススペシャル」レーベルより全5巻で刊行されている新装版です。
1989年にNTV系で一度アニメ化されています。当時CX系で放送されていた「キテレツ大百科」と同じ主要スタッフが制作した、2時間ものの特番アニメで、絵柄は「キテレツ大百科」によく似ており、ゴールデンタイムでの放送ということもあってか、やや子ども向けにアレンジされていました。本放送から数年後に、NHKのBSで放送されたことがあり、わたしもその際に録画して観ましたが、原作ファンとしては、どうしても生ぬるく感じる部分も多く、不満の残る作品になっていた記憶があります。
原作には非常に残酷な描写が多く登場します。たとえば「ドラえもん」しか知らない読者が予備知識なくこれを読み、ヒロインの首が容赦なく刎ね飛ばされる描写を見れば驚愕するでしょう。しかしながら、そういった描写があるからこそ、人間の愚かさ、残酷さを浮き彫りにしているのです。
この作品を、放送コードという正体不明の規制でがんじがらめになっている令和の時代に、仮に地上波でアニメ化するとすれば、そのあたりを省略、あるいはオブラートに包まざるを得ないでしょう。ところがNetflixは「16+」「暴力」というレーティングをつけることで、原作の描写を変にぼかすことなく、非常にストレートに真正面からアニメ化し、しかも全世界に配信するという快挙を成し遂げてくれたのでした。
シーズン1-1「消されてたまるか」あらすじ
平凡な中学生、並平凡(なみひら ぼん)は、友人の白石鉄男が住む集合住宅に遊びに行った際、ちょっとしたアクシデントで、ベランダから転落しかかった鉄男の背中を押してしまい、そのことで意図せず転落死させてしまう。真っ青になり取り乱すぼんだが、直後にめまいどころか部屋全体が回るような「異変」を感じた次の瞬間、目の前には何事もなかったかのようにスイカを食べる鉄男の姿があった。
ぼんは、自分の頭がどうにかなってしまったのかと悩みつつ、最近切られた樹齢800年という巨大な杉の木の切り株に寝転がっていると、近くに謎のマシンがあった。それに乗ったぼんは、突然全く見知らぬ場所へ飛ばされ、目の前で人が斬り殺される場面を見ることになる。ぼん自身も殺されそうになるが、間一髪で相手の男の動きが凍り付いたように止まり……。
原作との相違点
ストーリー上の特に重要な部分、設定、タイムボートによる行き先などについて、原作との相違点をまとめています。細かい台詞内容、順番や構成、演出における違いは除きます。
ぼんたちの暮らす時代が、原作の描かれた20世紀(1978~1986年)から、アニメでは21世紀(2024年頃)に変更されています。
原作第2部、および第3部のヒロインである「安川ユミ子」は、別の中学校に通っていて、登場まで面識のない設定ですが、アニメではぼんと同じ学校に通う別のクラスの子で、クラスメートである白木陽子の友人として設定されていて、主人公ぼんともわずかながら面識を持つシーンが第1話で描かれています。ユミ子はシーズン1でも(T・Pとの関わりは一切なく)登場しますが、本格的な活躍はシーズン2からです。
リームとの初対面は、原作では道端で出会いますが、アニメでは公園の屋根の上に引っかかっていて落ちてきたのを、ぼんが助けるというシーンになっています。
元寇の時代に移動するのは同じですが、野盗に人が斬り殺されるシーン、ぼんが殺されそうになるシーンは、原作にはありません。
リームがゲイラと「並平凡を消せ」という本部の指令が下ったという会話がなされるのは、原作では20世紀(原作の現在時)に戻った後ですが、アニメではタイムボートで移動する時空間の中です。
原作では、泳げないリームにフタバスズキリュウが襲い掛かり、ぼんが救出したときに、ゲイラが登場して、帰路の時空間で「(ぼんが)歴史にかかわっている」ことを説明しますが、アニメでは、リームが「泳げない」描写はありません。ゲイラは「早く(ぼんを消せという)任務を遂行する」ために現れ、必死に抵抗するぼんをショックガンらしきもので威嚇し、ぼんが海に転落した次の瞬間、まるで夢オチだったかのように杉の切り株の上で目覚めます。説明内容は原作通りですが、ぼんが帰宅して、ダイニングで一息ついているところにタイムロックがかかり、T・Pのふたりが登場するという流れです。
原作収録単行本
本作の原作「消されてたまるか」は、小学館「ビッグコミックススペシャル」版の第1巻に収録されています。
個人的感想
第1話「消されてたまるか」は、非常に平凡な毎日を送る中学生ぼんの日常が文字通り一転し、きわめて非凡な組織である「タイムパトロール(以下「T・P」)」の一員になるまでを描いています。
ぼんはそれまで、T・Pという存在を知りませんでした。自らT・P隊員に志願したわけでも、ましてT・Pの秘密を探ろうとしたわけでもありません。偶然、タイムボートのトラブルに巻き込まれ、本来なら消されたはずの記憶が残ってしまったことで、「秘密を知るぼんの存在そのものがなかったことにされる」という、重大な危機に瀕することになるのです。
そもそも、リームが点検整備を怠ったがために、タイムボートに故障が生じ、逆流時間が漏れ、ぼんの周辺では時間の流れに乱れが生じるなどのトラブルも起きたりもしています。記憶が消されなかったのは、そうした中で、T・Pと出会ったことなどを全て忘れさせてしまう装置「フォゲッター」を作動させられなかったことが原因なので、そんな事情を知る由もないぼんにとっては、理不尽きわまりない展開ではあります。
平凡な少年ぼんは、そうしたT・Pの非情な決定に、最大の抵抗を試みます。ぼんの両親を結婚させないようにするためにと、過去へ向かうリームのタイムボートに飛び乗りますが、そのことで操縦不能に陥り、タイムボートはまだ陸地のなかった頃の日本付近へ。そこでフタバスズキリュウに襲われるリームを助けたり、やって来たゲイラのタイムボートにも飛び乗るなど、平凡な少年らしからぬハードなアクションを繰り広げるのでした。
このように、話の流れとしては概ね原作通りで、アニメでは部分的にアレンジされている程度です。ただ、この作品が単に日常を描いた、従来の子ども向け作品とは全く異なることをアピールする意図もあったのか、鎌倉時代に移動した際に野盗が現れるシーンがアニメで追加されました。旅人が惨殺され、ぼんも殺されそうになるシーンですが、ここは必要以上といえるほど、流血が激しく描かれています。
鉄男が転落死するシーンは、落ちる場面こそ軽くギャグ風に描かれているものの、明らかに助かったとは思えない、妙に生々しい流血シーンが描かれています。原作のこのシーンでは「ズシャ」という痛々しいオノマトペとともに、これまた明らかに助かったとは思えない描き方をしています。
数あるF作品の中でも「T・Pぼん」は、特に残酷描写を避けては通れない作品です。そして登場する殺人、戦争、拷問といった出来事は、SFでも絵空事でもなく、長い人類の歴史の中で現実に起きていたことです。そんな歴史上のおびただしい犠牲者の中から、後世に影響を及ぼさない、ほんのわずかな人の生命を助けることこそ、T・Pに課せられた使命なのです。
アニメの第1話は、行きすぎた表現規制が行われがちな現代において、残酷な面をも正面から描く意志を表明されていたように思います。
本作のアニメ制作を担当しているスタッフは、これまで藤子アニメには関わったことがない人が多いようです。制作会社も「ドラえもん」など、数々の藤子作品を作ってきたシンエイ動画ではなく、ボンズです。
F作品がアニメ化、それもシリーズものとして製作されるのは、1995~1997年にかけて放送された「モジャ公」以来で、このアニメ版は原作とは全くの別物になっていました。とはいえ、F先生ご存命の頃から企画が立ち上がっているため、どのようにアレンジするかはF先生とも協議されていますし、何より第1~2話の脚本をF先生ご自身が書かれているので、作者の意と大きく反するような改変は、おそらくなかったとは思っています。(それでも原作と別物であることに変わりありませんが)
F先生の没後28年で配信される「T・Pぼん」では、作者の監修はありませんので、やはり「時代に合わせた」という名目の大がかりな改変を、観る前は非常に懸念していたのですが、原作の面白い部分、作者が伝えたい部分は、しっかりとアニメでも描いてくれていたので、藤子ファンとしても、とても安心して観られる良い作品になっています。
キャラクターデザインも、原作の絵柄そのままかといえば違うものの、だからといって大きく離れているわけでもなく、藤子アニメとしてとても好感のもてるデザインです。アニメの動きも非常に優れていて、最新のCG技術も織り込まれているため、この第1話で登場するフタバスズキリュウのシーンなど、とても迫力のある画面になっていました。
最後に声優さんについて。わたしは最近の声優さん全般に詳しくはないのですが、この作品の主要キャストについては、それぞれの役柄にマッチした人選でよかったです。主要なキャラについて書いておきます。
ぼんのように平凡なタイプの少年は、かつて「21エモン」など佐々木望さんが演じられていて、とても合っていました。若山さんも佐々木さんに勝るとも劣らない「平凡な少年声」を出されていて、良かったと思います。
種﨑さんが演じるリームは、これまでわたしが思い描いていた「お姉さん」タイプのリーム像と少し異なるものの、原作でも結構ドジっ子っぷりを発揮しているキャラでもあり、種﨑さんの声が乗ると、よりかわいらしい感じのリームになっていて、これはこれで良かったです。
ブヨヨンは、かつての特番アニメで白石冬美さんが演じたことがあり、女性の声というイメージだったので、宮野さんのブヨヨンは最初は衝撃的でしたが、何話か観ているうち、しっくりくるようになりました。これはこれでアリだなと。難しい立ち位置の役どころですが、雰囲気はとてもいいです。
シーズン1ではほとんど出番がないですが、ユミ子役の黒沢ともよさんは、「響け! ユーフォニアム」の久美子役なども好きで、結構応援している声優さんでもあり、起用は個人的にもうれしかったです。黒沢さんはドラクエ10でも、プクリポというぬいぐるみのような種族の王子役で出ていますが、役によって声のタイプが全然違うので、演じ分けがすごいなと思っています。シーズン2のユミ子も非常に魅力的に演じておられます。
度肝を抜いたのは日笠さんの鉄男。いや、なんでこの役?というのは、見終わった現在でも思いますが、かといって決して合わないわけでもなく、聞いてるうちにクセになってくるし、笑えてしまう声ではあります。日笠さんはわたしの好きな「けいおん!」でも澪ちゃんを演じていて、ヒロインをやっても不思議はないのに、完全にコメディキャラの鉄男というのは、何か新しいタイプに挑戦したいといった意図があったのでしょうか。
スタッフ/キャスト
メインスタッフ
原作:藤子・F・不二雄
企画・製作:Netflix
シリーズ構成:柿原優子
メインライター:佐藤大
キャラクターデザイン / 総作画監督:佐藤雅弘
メカニカルデザイン:玉盛順一朗
美術デザイン:綱頭瑛子
美術監督:大西達朗
色彩設計:中山しほ子
撮影監督:張盈穎
3DCG監督:三宅拓馬
編集:髙橋歩
音響監督:若林和弘
音響効果:サウンドボックス / 倉橋静男 / 西 佐知子
音楽:大島ミチル
音楽制作:ロックリバー
企画協力:藤子プロ
エグゼクティブプロデューサー:南雅彦
プロデューサー:天野直樹
アニメーション制作:ボンズ
監督:安藤真裕
主題歌
オープニング「Bon Bon Bon」
作詞:大島ミチル
作曲:大島ミチル
歌:Ryan Brahms
音楽制作:G&L International America, Inc.
エンディング「Tears in the sky」
作曲:大島ミチル, Brent Kolatalo
作詞:Brent Kolatalo, Lena Leon, Seiya Harada, James Flanagin
歌:Lena Leon
サウンドプロデューサー:Brent Kolatalo
音楽制作:G&L International America, Inc.
シーズン1-1 主要スタッフ
脚本:柿原優子
歴史考証:細川重男
絵コンテ:安藤真裕
演出:三好なお
作画監督:佐藤雅弘 / 堀川耕一 / 可児里未
シーズン1-1 キャスト
並平凡:若山晃久
リーム・ストリーム:種﨑敦美
ブヨヨン:宮野真守
安川ユミ子:黒沢ともよ
白石鉄男:日笠陽子
白木陽子:白砂沙帆
柳沢:伊藤節生
古田:木内太郎
ぼんの母:竹内絢子
ぼんの父:荻野晴朗
ゲイラ:加瀬康之
鉄男の母:かとうけいこ
先生:綿貫竜之介
教師:真木駿一
ユミ子の友達:松田カミリ
旅人:久間梨穂