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真夏の昼の睡魔(石田や長束、増田がいなけりゃ加藤や福島、片桐も存分に槍をふるえなかっただろうに)


10年ほど前のらくがき
つきがきれい2025
(あまりにラフですがそのまま出します)

「疲れてんのか?」

新人のころ上司に言われてめっちゃびびったひとこと。
今でも心に残っています。

新聞奨学生として働きながら大学生活を過ごし、やっと就職した組織設計事務所。
学校教育施設、医療福祉施設、集合住宅等、主に公共施設を設計します。
私が配属されたのは野球場とか庁舎とかなんでも設計するチームでした。
チームと言っても、チーフ(主任)と先輩、そして私の3人です。

大学時代には仕事と学業の両立に苦心しましたが、これからは仕事だけに専念できる。
私はこれからが本番なのだと気を引き締めました。
しかし、新人には最初から設計らしい仕事はありません。
簡単な補助作業が中心です。
図面の申請折りと申請手続き、図面修正、面積計算、現地調査など。

たとえば、面積計算では設計している建物の平面的な面積を求めます。
面積は申請や工事費の算出、建物規模を伝える際に使われる、その建築の基礎データとして不可欠なものです。
まず求積図という図面を作成して、それをもとに階ごとの面積表をつくって計算、整理していきます。
今ならExcelで作表して自動計算、できた表をCADデータに挿入することもできます。
しかし当時はすべて手作業でした。
トレーシングペーパーにシャーペンで罫線を引き、大量の数値も型板(テンプレート)を使って一文字ずつ書き込んでいきます。
数字が縦横きれいに揃うように。(数値を書き直しやすくするために罫線はトレペの裏側から引きます)
計算も電卓を何度も何度も叩くわけです。
単純作業の積み重ね。
もちろん正確であることは大前提です。
それに加えて、図や表のレイアウト、罫線の間隔とか文字の配置などに気を配り、
多くの情報をいかにわかりやすく美しく表現できるか、工夫を凝らします。
こういうところにも必ずセンスは出ます。

いかに正確にきれいに仕事を仕上げるか。はやければなおよい。
これをきわめようという意識。

こういった単純作業は基礎的なことなので、若いうちに徹底して鍛えられたことが後年自分を助けることになります。
つまり、若手にこの手の作業を頼む際の注意点もわかるし、作業する側の気持ちもわかる。
またいざ自分でやるとなってもさほどプレッシャーなくこなせる。
そして最も力を入れたいデザインやプランニングなどにより集中しやすくなる。
これは組織の中で席次が上がった時はもちろん、独立してすべて自分でやらねばならなくなった時により顕著でした。
ほんと、今でも単純な基礎作業にまみれて働いています。
仕事はしっかりした基礎の上に専門性が積み上がるものだという気がします。
組織にいれば、「単純作業はできて当たり前」というふうに見なされがちで、
上司もそういう態度かもしれませんが、実はハラハラものだったりするのではないでしょうか。
こういう基礎的単純作業が確実に素早くできねば本業の花形作業が上乗せできません。
何と言っても単純作業は土台なのですから。ここがしっかりできる組織は強いと思います。
戦おける兵站の備え、その重要性に通じる気がします。

そして、単純作業の荒波にもまれながらも上司や先輩の作業を横で見て吸収できるものはしてしまう。
「いつかは自分もあれを手がけるのだ、自分ならどうするか」と思いながら常に先輩たちを見ている。
なかなか設計らしい仕事を回してもらえないからと言って腐らずに辛抱する期間も必要で、
その間、どういう心持ちでどのように過ごすかがプロになる上では重要になってくるのでしょう。

単純作業の波にのまれ溺れそうな日々は慌ただしく過ぎて、やがて季節は夏。
設計室はビルの最上階でした。エアコンがフル稼働なのにそれでも午後は蒸し風呂のように暑くなる。
今ほど断熱性能が高くなかったのでしょう。
いわゆるデスクワークですが、汗が噴き出してくる。
そんな中でついにやって来たのです。ヤツが。

うつら
うつら
・・・
ね む い
・・・
がくっ

わ!
い、いま、寝てた自分?
あかんあかんぶるぶるぶる

しごとしごと!

うつら
うつら

うと
うと




また?

どうしたんだろう。
やって来た睡魔。仕事中にこんなに眠気に襲われるなんて。ありえへんやろ。
あかん、しっかりせねば。

うと
うと




「疲れてんのか?」

チーフのひとこと雷の如し。
一気に目が覚める。

「いえ、すみません」
そう答えましたが、実際には疲れていました。
就職してから、朝は定時に始まり、夜は終電ぎりぎりという状態が毎日続いていましたし、
夏場の暑さも加わって疲れがピークに達していたのでしょう。
新人にして疲れの出やすい時期。

そんなことはチーフにもわかっていたはずです。
それでもあえてこのセリフを発した。
就業中に部下が居眠りしていれば当然であるとして、このひとことの裏には複雑な面があったように思えてなりません。
叱責、励まし、そして。
他のチームに比べて圧倒的に残業が多いことが社内でも問題になっていたことや
彼がチーフに昇格して間もないことが背景にあり、そういったことによる重圧とか。
そんな中での新人の居眠り。本当に申し訳なく思うのですが自分でもどうしようもなかった。
おそらく心身ともに限界に近かったのだと思います。

チーフは口数の少ない人で、厳しい人というムードを意図してまとっている印象でした。
しかし実は大人しくとても優しい人だったと思います。
連日長時間傍にいてそう感じていました。
後に自分自身も同じような立場で働くようになってチーフも大変だったことがより実感できました。
そして同業者として、彼は実直だけど要領がよい方ではないことも。
何となく自分とタイプ的に近い気がしました。
それもあってかチーフにマイナスの感情を抱いたことはありません。
やがて彼は設計室から他の部署へと異動になり、私も転職して、彼に会うこともなくなりました。

その一件の後、業務全般を任せていただくようになり、私も居眠りなどということは一切なくなりました。
会社の業務量が増大して、帰宅が深夜続きで徹夜も多く、休日も働くというさらに過酷な労働状況にもかかわらず。
(現在なら完全に労務規定違反、よくもあんなことができていたものだと思います)
自分で仕事をどうすすめるのかを考える。設計に加えて、人の配置、実行予算、日程も含めて業務を切り盛りする。
そこに睡魔の入り込む余地はなかったようです。
入社1年目、真夏の昼の睡魔だけが不思議な体験として残ります。
あのチーフのひとことと共に。
なぜか、忘れられません。

(若かりし日の記憶をもとに主観により書いています)

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