時間ですよ!
通勤のバスの中から、ある時計屋さんが気になっていた。
先代から引き継いだと思われる、黄色い看板のその時計屋さん。
いつも気になるのだけれど、お店に近いバス停で降りると、終点の駅まではちょっと歩くことになる。
それで、「いつか。いつか。」と思い続けていて、やっと行ける日が来た。
アンティークの時計は、だいぶ前から壊れていた。
遅れるのではなく、進んでしまうのだ。
とても優しいご夫婦が迎えてくれた。
温かい気持ちになって、椅子に座って作業を見せていただいた。
どうやら、オーバーホールが必要であるようだ。
ちょっと値が張る修理になるので、一度持ち帰り、考えることにした。
その間のやりとりが優しい空間と、壁時計の音に溶けていく。
私好みの、細かい作業をする古い道具。
大事に使い込まれた修理道具に見惚れてしまう。
丁寧な作業を見せていただいた。
その時計店に行きたくて、時間が合わない時計を思い浮かべる。
私はアンティーク時計が好きで、自分でもとめたものや、祖母から譲り受けたものなど、手巻き時計をいくつか持っている。
仕事の時は、正確に時間がわかる時計をするけれど、普段は好きなベルトに付け替えて、少々の時間のズレはよしとしている。
ピンクやグレージュ、オレンジ色と、革ベルトの色を楽しむ。
ピンクのベルトは、ピンクのワンピースやシャツに合わせる。
夏向けに。
白いシャツにも。
羽織ったものの色にもよるけれど。
できれば、ピンクのギンガムのワンピース。
「やっぱり遅れるなあ・・・。」というのはあっても、時計というものは進んでしまうとびっくりする。
時計店のご主人は、裏の蓋を閉じた後、丁寧に最後まで手巻きしてくださった。
物を扱う時の手。
それで、その仕事を愛しているかどうかがわかると感じた。
見えない「時」を刻むのが、こんなに小さい機械だというのが嬉しくて、時計が好きなんだな。
よく考えてみたら、本当の時間はスマホでも見ることができる。
若い人は時計をしていない人も多い。
遅れる腕時計。
進む腕時計。
ちゃんと合っている腕時計。
どれも、本気で時を刻む。
クォンタムリープなる言葉を思う。
量子的飛躍。
もし、私がいくつかの次元を飛躍して動いているなら、もしくは、物理的に繋がっていない別の空間に一瞬で飛び移るなら・・・どれが本当かなんて、どうでもいい。
どれも、本当かも?
なんて思うと面白い。
通勤中のメトロで、どこからか目覚まし時計の音がした。
だんだん、大きくなるタイプのようで、目覚まし時計を持っていない人すら、自分の持ち物を気にしていて笑いそうだった。
なんと、隣に座った方のバッグの奥の方から、目覚まし時計は検出された。
そして、止めたはずのアラーム音だったが、スヌーズ機能で再び鳴った。
ついに、時計から慌てて電池を抜くことになったお隣の方。
「時間ですよ!」
と教えてくれたけど、時計は、「今」を刻まなくなった。
つい、今まで動いていたのに・・・。
面白いことに、3日後のバスで、またもや目覚まし時計が鳴った。
前回のこととシンクロする。
今度は、側に立っていた方のトートバッグから目覚まし時計が検出された。
そもそも、目覚まし時計は持ち歩くものだったっけ・・・?
ねえ・・・。
この現象は、私に起きろ!といっているのだろうか。
「時間ですよ!」
目覚めて、動きなさい!と。
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