年越しはなつかしい人と(コスタリカ種蒔日記)
2020年の幕開けは、なつかしい人と一緒に迎えた。グロリアナ、通称ロリ。私の初め
てのコスタリカ人の友達だ。
ロリは、私が2017年に国立公園で環境保護ボランティアをしたときに、私専用のス
タッフとして雇われ、3週間ほぼ毎日一緒に森を歩き回った。大学で自然資源管理を
勉強する大の生き物好き。わたしと同い年なのに、丁寧な物腰ときっちりした性格の
せいか、ずっと大人びた印象だ。
彼女の家があるのは、グアナカステ地方の小さな町ニコヤ。ウェンディの実家からは
車で1時間とかからない。
大みそかの日、ロリがウェンディの家まで車で迎えに来てくれた。
「オラー!」
2年ぶりの再会。久々すぎてどんなリアクションをすればいいのか、お互いやや戸惑
いながらハグをする。背中に回した手に触れたロリの髪が、記憶よりずっと長くなっ
ていた。
お世話になったウェンディやフランシーニたちにしばしの別れを告げ、ロリと共に車
に乗り込む。
車の中にはもう一人、なつかしい人がいた。私がいた国立公園で、海外からくるボラ
ンティアたちを取りまとめる責任者だったトニー。今は川辺の動物を守るNGOに転職
し、いつの間にかロリのボーイフレンドになっていた。
ロリの家族がそろって出迎えてくれる。お父さんとお母さん。普段は首都サンホセで
建築を学んでいるお兄さんのルイス。妹同然に一緒に暮らしている小さないとこのバ
レリア。
ラブラドールレトリバーからチワワまで大小4匹の犬たちと、彼らに影響されたのか
やたら人なつっこいねこが1匹。
お母さんは、私にミルクコーヒーをわたしながら、「前に会ったときより髪が伸びた
ね」と言ってくれた。2年前にちらっと挨拶をしただけだったのに、そんなことを覚
えていてくれるなんてびっくりだ。
そして一瞬遅れて、私と彼女がスペイン語で話せていることに気づく。前に会ったと
きは、私がスペイン語がわからず、彼女が英語がわからなかったので、英語のわかる
ロリやお父さんにいちいち通訳してもらっていた。日々生きるために無我夢中でしゃ
べっていたスペイン語、上達しているとも思っていなかったけれど、昔話せなかった
人と話せているという目に見える変化があると何やらうれしい。
早速、ロリとトニー、ロリのお母さんと4人で、大みそかの夜ご飯作りに取り掛か
る。見覚えのある柔らかい豚もも肉とマッシュポテト、キノコのホワイトソースとサ
ラダの組み合わせ。サラダには、ロリが最近覚えたという、玉ねぎとオリーブオイル
にイチゴ、蜂蜜、アーモンドを混ぜた、甘酸っぱいドレッシングをかけた。
そうこうしているうちに、親戚たちが続々と集まってきた。
夜、全員で庭に出て、年越しのカウントダウン。12月の夜だというのに、外にいても
まったく寒くないのが、今更ながら不思議な気がした。
そして午前12時を過ぎた瞬間、「あけましておめでとう!」のハグの嵐。
ブラジルから帰国したばかりだというロリのいとこは、日付が変わる瞬間にスーツ
ケースを引っ張りながら庭を駆け回り、それをみんなで笑いながら応援した。彼女の
ようによく旅をする人にとって、新しい年の安全を願うおまじないなんだそうだ。
次のひ、朝ご飯の席について驚いた。日本の明治神宮が、テレビに映っていたのだ。
世界各国の元旦の中継だった。いつも日本でそういった番組を何とはなしに眺めて
は、「タイムズスクエアの花火は相変らずすごいなあ」なんて言っていたのに、まさ
か逆に海外から自分の国の年越しを見ることになるなんて。
そして、毎年おなじみのあの参拝者の大行列が、なんだか滑稽に見えた。私は人ごみ
が苦手で、ああいう所に行く人たちをすごいなあと思って見ているタイプだが、今回
はそういう意味ではない。
「よくやるなあ」と、純粋に感心したのだ。それは、日本からニューヨークの花火を
見るときと同じ種類の感心だった。そもそも初詣の文化のない国にいると、元旦の夜
中に神社に詰めかけるのが世界共通のルールではないことに改めて気づかされる。そ
して、それなのに嬉々として参道に並ぶ日本の人たちって面白いなあと思ったのだ。
新年一発目のお出かけは「貝殻ビーチ」だった。その名の通り、海岸の砂がすべてご
くごく細かな貝殻の欠片なのだ。足元のどこの砂をすくい取っても、すべての粒子が
ガラスのようにつるつるで、波に洗われて角がとれ、もう信じられないほど美しい。
ロリいわく、海の水は 青というより深いエメラルドグリーン。外の気温の高さに比
して、びっくりするほど冷たかった。日本の家族や友達がおもちを食べたり年賀状を
見たりしながらぬくぬくと過ごしているであろうその同じときに、自分がこんなとこ
ろにいる不思議さに打たれながら、わたしはロリ一家と共に大いに太陽に肌を焦がし
た。
この地域特産のコヨールワインを飲みに、コヨレリアと呼ばれるバーにも行った。コ
ヨールワインは、コヨールというヤシの木の樹液を発酵させて作るお酒だ。発酵の度
合いによって、アルコール度数が変わる。独特の強い香りがあり、少し飲むだけでお
腹の中がポカポカしてくる。
バーの屋根も、同じコヨールの葉っぱで葺いてある。夕方どこからともなく流れてく
る賑やかな音楽に身を任せてそこに座っているだけで、気分はもうリゾートにいるよ
うだ。
ちなみに一緒に出されたおつまみで強烈に印象に残っているのが、チチャロンだ。脂
肪たっぷりの豚の皮を、さらに焦げ目が付くまで油で揚げてある。ロリたちはそこに
レモンやキャベツを添えて、おいしそうに食べていた。
私も基本食べ物の好き嫌いはないし、何事も経験だと思っているので、そのとき出さ
れた分はなんとか食べ切った。しかし、あまりにも体に悪そうで、飲みこんだ後罪悪
感を超えて恐怖にさいなまれた。それからというもの、パーティーなどでこの食材が
出ても、首をすくめて「ノー、ノー」と断るようになってしまった。
そして1月7日、モルフォの仕事始めの日に合わせて、再びウェンディたちと合流し、
バスでペレス・セレドンへと帰った。
そのわずか1週間後には、今度は首都サンホセへ。留学生活の第2フェーズ、UNDP(国
連開発計画)インターンが始まることになる。