年末、グアナカステへの旅(コスタリカ種蒔日記)

 昼日中に、バスで7時間。
 この果てしない道のりを耐え抜くと、グアナカステに着く。
 コスタリカ北西部、ニカラグアとの国境地域。
 実は、わたしが初めてコスタリカを訪れたときボランティアした国立公園がここにある。
 見知らぬ土地だらけのこの国の中で、その頃唯一少しだけ馴染のある場所だった。
 2018年の年末から翌年の年始にかけて、わたしはペレス・セレドンを離れ、1週間ほどそこで過ごした。
 きっかけは、ホストマザーのエディスに「お正月はこの家にいてもつまらないと思うよ」と言われたことだ。
 クリスマスを家族みんなでにぎやかにお祝いし、25日を過ぎると、ここの人たちは案外あっさりそれぞれの生活へと戻っていく。
 大晦日やお正月の特別な行事もあるにはあるが、クリスマスに比べると至って簡素なものばかり。
 エディスの長女エレナは元日から出勤していたし、わたしたちと一緒に暮らしている次女スサナはボーイフレンドと旅行に出かけて行った。
 エディスたち夫婦、特に旦那さんのアルベルトは高齢なので、わたしをつれてどこかへ遊びに行く体力はない。
 かといって、年明けにモルフォの活動が再開するまで、何もせずただ一緒に家にいたのでは、お互いに気詰りだろう。
 どうしたものかと途方にくれていたところ、モルフォの代表ウェンディの実家が懐かしのグアナカステにあり、彼女が年末そちらに帰省するという話を耳にした。
 本来なら、人が実家に帰省するのについていきたいなんてとても言い出せなかっただろう。
 家族水入らずの時間を邪魔するようで、心苦しいことこの上ない。
 でも、ウェンディがモルフォの介助者を連れて帰るのだと聞いて、気が変わった。
 てっきり、実家にいる間ぐらいは彼女の家族が着替えや入浴など必要なサポートをするのだと思ったら、そうではないらしい。介助者も一緒に実家に泊るというのだ。
 だったら、もう一人ぐらい他人が紛れ込んだって大丈夫かもしれない。ウェンディにとっても、実家の家族にとっても、そこまで迷惑にはならないんじゃないか。 
 そうして勇気を得たわたしが、「年末年始に家に泊めてほしい」と頼むと、ウェンディはおっとりと、いとも簡単にOKしてくれたのである。わたしはほっと胸をなでおろした。 

 話は少しそれるが、ウェンディが介助者を連れて実家に帰ると聞いたときは、正直いろんな疑問が胸に渦巻いた。
 わたしにとってはそれは好都合だ。でも…。
 ずっと他人がそばにいて、息苦しくないんだろうか? 
 彼女の両親はもう高齢だから、サポートは難しいのかな?
 兄弟や、親戚は?
 それとも、家族にサポートを頼む方が嫌なのか? 
 介助者は、いつ自分の実家に帰れるんだろう?
 etc.
 でもきっと、ウェンディも介助者たちもこんな葛藤は今迄に何度となく繰り返していて、全部飲み込んだ上での選択なんだろう。 
 もう少し言葉ができたら詳しく聴いてみたかったけれど、何しろちょっとデリケートな話題でもあり、わたしの少ない語彙では相手を不快にさせかねない。だから結局そのときは、そう考えて自分を納得させた。  

 昼日中に、バスで7時間。 
 それが、ペレス・セレドンからウェンディの家のあるグアナカステの小さな町オハンチャまでの道のりだ。途中、首都サンホセで1度乗継をする。
 早朝にペレスを出て、夕方近くにやっとウェンディの家の最寄のバス停に降り立ったときには、もうみんなぐったり疲れて無口になっていた。 

 だがしかし、ここで泣き言を言ってはいられない。 
 わたしたちが着いた数日後、ウェンディの友達で、同じ障がい者自立運動を率いる同志でもあるフランシーニが尋ねてきた。
 なんと、グアナカステのちょうど反対側に当たる、パナマ国境の町サン・ビトから、コスタリカを丸まる縦断し、合計12時間かけて! 
 この国にいると、だんだん感覚が麻痺してきて、日中3、4時間のバス移動ぐらいではびくともしなくなる。

 町に散歩に行ったり、ウェンディの友達を訪ねたり、ウェンディのお母さんを手伝っていんげん豆の皮を剥いたり…、時はゆるゆると過ぎていった。
 相変らず昼間は思わずたじろぐような暑さなので、行動を開始するのは大抵夕方からだ。
 クリスマスを過ぎても、町にはあちこちに巨大ツリーや人形飾りが残されていた。
 ウェンディとフランシーニ、介助者のアンヘリカとわたし。 
 このメンバーで町中をそぞろ歩いているとき、ふいに笑いがこみあげてきた。
 車椅子を転がして先を行くおばさん(お姉さん?)2人に、白い杖を持ったアジア人の女子大生が続く。どこからともなく現れた犬が、その周りを駆け回りながらついてくる。 
 知らない人が見たら、さぞ不思議な光景に違いない。

 忘れられないのが、この地方の年末の風物詩だという、馬のパレードを見に行ったことだ。
 この国のお金持ちの中には、ペットとして馬を飼っている人が結構いるらしく、この時期になるとそれぞれ自分の馬にまたがって、列になって町を練り歩く。今の日本ではちょっと見られない光景だ。
 わたしは動物が大好きで、小さいころから動物園にも入り浸っていたが、そういえばポニーではない普通の馬には触った記憶がなかった。
 そこで、ダメもとでウェンディに、「わたしも馬に乗ってみたい」と言ってみた。
 すると、あっさり実現!パレードに参加していた彼女のいとこの馬に乗せてもらえることになった。
 こんなとき、とにかく「言ってみる」ことの大切さと「コネ」の力を感じずにはいられない。
 ワンピースの下に急遽だぶだぶのズボンを履いて、わたしは馬にまたがった。
 思ったより高くて、轡を持って付き添ってくれている人たちの気配がずっと下に感じられる。
 馬の歩調は緩やかでも背中に乗っていればそれなりに揺れるし、特に方向転換するときは結構スリリングだった。
「あゆみー!」 
 沿道からアンヘリカとウェンディが叫んで、写真を撮ってくれる。わたしはそちらに向かって大きく手を振った。

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