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過去の透視をしてもらったら人のせいにして頑張ろうとするパラレルの私を垣間見た。

ご覧くださりありがとうございます!
めぐです。

note久しぶりの投稿になっちゃいました~!

今日のお話は、ご覧になる方によっては、否定的とか批判的に感じてしまうかもしれません。
占い、スピリチュアル的な概念(カルマとか過去性とか?)、アダルトチルドレンなどの事柄を大切にされている方はこれ以上先は読まない方がいいかもしれませんので、どうぞよろしくお願いします。


先日、とある機会があって、対面での占いを占い師さんにお願いしました。
占いを受けたきっかけは悩みがあってではなく、友人と出かける際のイベントのひとつな感覚でした。

お願いした占い師さんは透視を得意とされているとの事で、私自身受けたこともなかったので「ではそれで!」とお願いをしました。


対話の中で生年月日やフルネームなどを伝えた後に透視をしてもらったのですが、びっくりするくらい聞いていて苦しくなる話ばかりでした。


・あなたが今結婚をしていないのは両親の離婚が影響している。
・両親が不仲だったため、あなたはアダルトチルドレンになってしまった。生まれの星の性質をみても依存の気質があるからあいまっている。
・パートナーシップを良好にしていくには父親との関係の改善は必須なのだけれど、父親が亡くなっているなら、もうどうしようもないから母親との関係を修復するしかない。
・過去お付き合いしていた男性はあなたにこれっぽっちも安定なんてくれなかったでしょう。だって安定をくれる人たちではなかったから。
・あなたはあなたの世界にシェルターを張ってこもっているの。幸せになりたかったらあなたの世界でいきるのは終わりにしましょう。
・催眠療法を受けて過去を癒せば必ず幸せになるから。でも時間はかかる。早くて10年。表層の問題は2~3年でなんとかなるかも。

ざっとこんな内容だったかな。

もうびっくりしちゃって、この話聞いてるとき生理痛みたいな激痛がお腹に生じてました。

終始話を聞いていて、ただ、ただ、びっくり。
そして、思っていた事は「この世界線は苦しいな…。」でした。


だけど、これって全部が全部じゃなくても過去の私が思っていたり、無意識にとりいれてしまった情報だったんですね。
なんかずっと既視感は感じていて。

お家帰るまで気づかなかったのですが、占い師さんの透視って過去を見てたんですよね。
そりゃあ、過去の私(どの時期かは不明だけれど)にリンクしていたのだとしたら、この様な言葉たちが並ぶのか…と。

なので、私にとってこの占い内容って今の自分には違和感だったんですね。
過去の私はそうだった、そんな要素もあった、という既視感という感じ。


お家に帰って、お風呂に入っていたら急に感情がこみ上げてきました。

苦しい、悲しい、私は悪くない、でも私が悪い、どうしたらいいの、どうしたら私は幸せになれるの?

この気持ちって今の私からこみ上げたというより、過去の私が今日の占い結果を聞いて、その後にわいた感情が入ってきた感じでした。


私は映画を見ていると、作品のキャラクターに感情移入してしまって同化してしまうような時があります。

感情はとても感じるのですが、臨場感は無いのです。

本当にそういう感じでした。


ひとしきり、感情を感じた後に私はそのパラレルワールドの自分をみたのだと思いました。

その自分を感じた感想は、全然幸せそうじゃなかったし、幸せになるには途方も知れない頑張りが必要で、頑張った先の幸せは一握り。
幸せとはどれほど高貴で崇高なものか。

そんな感覚になりました。

あぁ、それってもしかしたら、無意識のうちに。
心から望んだ幸せになんてならなくていいって思っちゃうのかも。
だって、手に入れるまでがすごく大変なんだもん。
だったら今の辛さのが許容範囲ですよね。

そして思ったことは、言葉って本当に不思議。
第三者の口から言われると、「なんという言葉たちの羅列…!」と思ったのですが、自分が自分に浴びせていたり、思っている分には何も思っていなかったのです。

さも、それが当たり前だもんね。という風に。

でも、そのくらい本当に過去の私は辛く苦しい気持ちがあったんだね、と感じました。


今回、なんでわざわざこの記事を書いたかというと、私が自分のパラレルをみたことで、同じような思いをされてる方がいるのではないのかなと思ったのです。

辛い事、苦しい事、大変な事、あると思います。
不安や恐怖、言葉にならなくて、形が見えなくて苦しいですよね。

でも、自ら何かのかたちに入りにいかなくて大丈夫です。

人って理由がわかると安心するんです。
結果や結末がわからないから、ただ怖くて不安なだけなのです。
みんなそうなるんですよ、人の機能だから。


「私が辛いのは○○のせい」
心からそう思っているならいいんですよ。


でも、まだ、かたちが定まっていないもの、名前がついていないものに「とりあえず」と、無理してつけなくて大丈夫ですよ。

自らかたちにはまりに行って、なにものかになろうとする必要はありません。


あとは、親・恋人・友人とかの大切な人、上司・先生・占い師さんなどのなんか力があって凄そうな人の言葉ってそれっぽくて印象的ですよね。

「その人が言うからそうなんだ。」ってなりやすいと思います。


私の大好きな漫画に「ミステリという勿れ」という作品があるのですが、「子供の心は固まる前のセメントと同じ」という表現があります。

セメントの上に落とした物のかたちがそのまま大人になっても残ってしまう。という例えです。
これは良くも悪くもです。

私はこの例えは大人にも当てはまると思うのです。

いつだって心は柔軟で順応性があります。

だから、なんか上手くいかない理由を探した時に、「家族が、私の育ち方が、彼が」とそれっぽい理由を提示されたら「そうなんだ、そうに違いない。」となってしまうんだと思います。


過去の私は、なんか上手くいかない自分、ずっと苦しくて辛い自分に理由が欲しかったんだと思います。

私のせいじゃない、真っ当で正当な理由が。


でも、本当の本当は心の底で誰かの事も、自分の事も悪いと思いたくなかったし、自分を不幸だとも認めたくなかった。

けれど、その時の私はそれを説明できる理由に出会えなかったんです。
それだけなんです。


今、もし苦しくて、辛くてそんな思いをしている人がいるならば、私は誰のせいにもしなくていい、みんなが幸せになれる理由があることを知っています。

それは誰かにだけ与えられた理由ではなくて、みんなが当たり前に手に入れていい物です。
だってあなたの心の中の宝箱に大切にしまってあるものだから。

必要があれば一緒に見つけ出しますのでおっしゃってくださいね!


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