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ひかりのオコジョ【後編】
Ⅳ.大きな時計塔
みんなが辿り着いたのは、大きな時計塔の前でした。
ひかりのオコジョは少しそわそわしていました。
「6時に着けばよかったはずだけど、」
いくら待っても時計塔の時計の針は、5時59分から動きません。
ルディくんもカイくんも、今までとは違うひかりのオコジョの様子に心配しました。
「大丈夫?」
ひかりのオコジョは何かを決心した様子でした。
「仕方ない。時計塔の中に入ろう」
真っ暗な時計塔の中を、虫かごのひかりが照らします。
時計塔は、それ自身が大きな時計になっていました。いくつもの大きな歯車があります。でもどの歯車も噛み合っておらず、止まっていて動く気配がありません。
それを見たひかりのオコジョが言います。
「歯車を回そう」
その言葉にルディくんとカイくんは驚きます。
「こんなにたくさんの大きな歯車を?どうやって」
ひかりのオコジョはまた膝をぱんぱんと叩きます。
気がつくとそこには一羽の鳩がいました。
「伝書鳩を飛ばそう。伝書鳩は時間も場所も間違わず、かならずここに戻ってくる。それが分かっているから、時間屋さんがきっと信頼して時間を預けてくれるはずだ」
ひかりのオコジョはそっと手のひらを広げました。そこには一枚の紙切れとペンがありました。
「伝えるんだ。時間屋さんに」
ひかりのオコジョは紙切れに手紙を書き留めます。
それをルディくんは受け取りました。
「さあ、手紙を脚にくくりつけて。あの窓から飛ばそう」
言われた通りルディくんは手紙を伝書鳩に託します。カイくんも祈るような目でそれを見つめます。伝書鳩は、ちょうど時計の文字盤の上にある窓から飛びたっていきました。
伝書鳩は戻ってくる。ただそれだけを信じて。
「よし、その間にぼくたちはこのバラバラの歯車を正しい位置に置いていかなきゃならない」
ひかりのオコジョもルディくんもカイくんも、一つの目標に向かって進んでいました。誰にも見つからないで、時間に忠実にやり遂げる。ひとりは何かを守るため、もうふたりは「おともだち」を助けるため。
みんなで汗を流して歯車を運び続け、ついに全ての歯車が噛み合う位置に置かれました。
バサバサ、バサバサ。
それと同時に伝書鳩が帰ってきます。
伝書鳩は窓の内側に入ると、首を傾げます。
ひかりのオコジョはまたそわそわし始めました。
「おかしいぞ」
伝書鳩は窓の外を見つめるばかり、時計の針も動く気配がありません。
「どうしよう、こうなってしまうと」
ひかりのオコジョはうなだれました。カイくんもルディくんも心配そうに見つめます。
どれくらいの間、そうしていたでしょうか。カイくんはそっと、ひかりのオコジョの肩に触れました。
「きみは、きみはどうしていつも時間通りに動かなきゃいけないの。どうして誰にも見つかってはいけないの。なにか、理由があるのかい」
ひかりのオコジョの金色の毛並みが、すっと平らになった気がしました。
ひかりのオコジョは小さく低い声で話し始めました。
「ぼくが、ぼくがどうしてそうしていたのか。ぼくはずっと悲しかったんだ。自分の世界を守らなきゃいかなかった。そのためには誰にも気づかれたくなかった。ぼくは、ぼくは」
静寂が、あたたかい暗闇が、虫かごのひかりたちに照らされてみんなを包んでいました。
「でも時計の針が動いて、その時間になれば悲しいことはおわって、なにか楽しいことがあるに違いないと思った。そのためにいつも時間を気にして動いていたんだ」
カイくんにならって、ルディくんもひかりのオコジョに触れます。
「きみは、本当はどうしたいんだい」
「ぼくは、ぼくは」
ひかりのオコジョの目から一粒のしずくが落ちます。虫かごの蝶たちも、ひかりのオコジョの金色の毛並みも、「ひかり」という同じものでした。
「本当はもう不確かな未来じゃなくて、今のために生きたいんだ。今この瞬間を楽しみたいんだ。やっと出会えた『おともだち』と、」
がしゃん。
虫かごが割れてひかりの蝶たちが溢れ出す。一斉に窓へ向かう。ゆっくり動き出す歯車。カチッ。時計の長針と短針がまっすぐになる。鳩が窓から顔を出して鳴く。庭でお茶会をしていたアヒルさんたちのおしゃべりが止まる。
「さあ、お茶会はおわりよ」
窓から自由になるひかりの蝶たち。どこまでもどこまでも。この世界から決してなくなることのない「ひかり」として。誰かの暗闇を照らす一筋の「みちしるべ」として。
Ⅴ.パーティ
「さあ、パーティがはじまるよ!」
気がつくと、そこはパーティ会場でした。いつのまにか、ひかりのオコジョは蝶ネクタイを首に巻いています。
天井には厳かなシャンデリア。壁は大理石でできていて、足元には真っ赤な絨毯が敷かれています。そして軽快なワルツが流れていました。
周りを見回すと、そこにはたくさんの動物がいました。たぬきやスカンク、キリンにヌートリア…。そしてどの動物もひかりのオコジョと同じように、金色の毛をまとっていたのです。
片手にワインを持って談笑するもの、音楽に乗って身を揺らすもの。みんな思い思いの方法で、パーティを楽しんでいました。
「ありがとう。きみたちのおかげでぼくは全ての目的を果たせたよ」
ひかりのオコジョは、またおだやかな顔に戻っていました。
「きみたちはもう、時間を気にしなくていいんだ。さあ、元いた場所に戻るんだよ」
それを聞いたカイくんとルディくんは顔を見合わせます。
カイくんはおててをちょこんと、ひかりのオコジョの肩にのせます。
不安でいっぱいに目を潤ませながら。
ひかりのオコジョは優しく微笑むと、その手を包み、ゆっくりと肩から外します。
「ぼくはぼくになって、ちゃんといるよ。ひかりらしいこと、しなくちゃね。春になれば毛が生え変わって、ふつうのオコジョにまぎれているよ」
ひかりのオコジョはぱちんと指を鳴らします。
音楽が、景色が遠のいていきます。
それはぐんぐんと加速していきます。
金色のあたたかいおててがそっと、カイくんとルディくんの頭に触れたような気がしました。
それを最後に全ての感覚はなくなっていき、ふたりのこころの輪郭は曖昧になって、溶けていくようでした。
Ⅵ.エピローグ
懐かしい匂いがします。
そこはやっぱり、すすきが揺れていました。
ふたりのこころの輪郭はすっかり元通りになっていました。
ゆっくりゆっくり雲が流れていきます。
カイくんとルディくんは、あの黄色い砂の小さな空き地に立っていました。
「ルディくん、ぼくたちなんだかすてきな夢を見ていたね」
カイくんの言葉にルディくんはこくりと頷きます。
「そうだね。本当に、そうだね」
太陽は青でも銀色でもなく、やさしい茜色のランプになっていました。
森の奥から、すうっと風が吹いてきます。
カイくんが指をさして、口を動かします。
二匹のトンボが連なって飛んできたと同時に、金色のひかりが通りすぎたような気がしました。