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SNS規制は有効か?
さて竹内議員自殺と兵庫県警の答弁をきっかけに,週刊誌を含むオールドメディアの一群が,一斉にSNS規制論とかファクトチェック有効論を言い出しているのですが,ふとYoutubeを覗くと「兵庫県警が反斎藤派とつながっている」とか「ご飯論法だ」などの反論動画や,これもメディアの陰謀だとする動画が大量に上がっており,抑止意図がまったく効いていないことがよく分かります.
兵庫県警もオールドメディアも,この問題を論じたり何か一石を投じる前に,以前ご紹介したNHKの辻記者が書いたトランプ支持者を取材した本を読んでみてください.本の元になった記事もNHKのサイトから見ることができます.
SNSでの誹謗中傷はトランプ現象同様に,アイデンティティ・ポリティクスや党派対立の結果であって原因ではないのです.だから「条例を作ったり」「法と証拠に基づいて」SNS発信をいくら規制したところで,一時的な勢いの変化はあるかもしれませんが,誹謗中傷がなくなるわけはなく,どんどんおかしな方向に行くのは目に見えています.そもそも彼らが住んでいる世界ではそれが信じる「真実」なのですから,彼らが「真実」を口封じされて黙っているわけがありません.ファクトチェックを推奨したり,反論記事を大量に出すこと自体もそういった状況をさらにエスカレートさせていることにリベラル側は全く気づいていない.いや,リベラルも最近は事態のエスカレーションを望んでいてこの土俵に入ってきているのかもしれない・・・リベラルの良識をまだ信じている私ですら最近はそう感じることもあります.そうなるとメディアや識者がとりあえず主張している「SNS規制」というのは全くもって実効性に乏しいと言わざるを得ません.
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https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/bf0ff816811c0f7812100ef8ce726715e30d3afc より引用
とはいえワイドショーバッシングを受けていた頃の斎藤知事や,知事選中の奥谷委員長,知事選後の丸尾・竹内議員に代表されるように,各種報道やSNSに感化されて実世界で嫌がらせ行動を起こしてしまう人々(言論空間であるSNSよりも真に取締まるべきは実世界で行動してしまう人でしょう)からの被害を防ぐ必要性はあり,そういう点で本当に必要なのは公的資金と公権力による一時保護・支援プログラムだと私は思っています.
日本の警察は以前から,事件の予防や被害者予備軍の保護に消極的でした.事件が起こる前に公権力を使うのは民事不介入だとかいって対応しませんでした.最近はストーカー規制法ができて常習的なストーカー行為については命令を出したり,保護をするようにもなりますが,やはり犯罪者予備軍へのアプローチが中心で,事件前の被害者保護に積極的とは言えない状況です.
似たような構造は医療にもあります.日本の健康保険は原則予防には適応できません.正常妊娠出産も「病気ではない」と言って直接の保険適応にしてきませんでした.しかし,アメリカではPreventive careは医療費抑制効果が見込めることから積極的にカバーされ自己負担ゼロのものも多くあります.
貴重な税金は事態の予防にこそ使うべきで,どういう法的思考が行政組織を予防的措置から遠ざけているのか,一度法律家の意見を聞いてみたいところなのですが,いずれにせよ日本の法律システムは時代やテクノロジーの変化についていけず積弊が生じてきており,抜本的に発想を変えて(必要なら憲法や既存の法律論を一からひっくり返して)対策を考えていく必要性を感じます.
兵庫県は長年続いた自治省官僚の天下り体制の下,昭和の行政のやり方をなかなか変えられず,時代に全く適合しなくなってしまった結果,今になって死者を複数出しながら,もがき苦しんで時代に適合しようとしています.やはり長年変化を拒んできたシステムというのは脆弱です.適度な頻度でやり方や考え方のアップデートをして,時代に柔軟に対応していかなければ,結局最後に味わう苦しみはひどくなります.
SNSが従来のやり方や考え方に合わないからと言って,安易に規制論に飛びつかず,党派対立の時代の下ではSNSによる誹謗中傷は止められないという前提に立って,柔軟にSNSとの付き合い方を考えていく必要があると思います.