人間機械
なかなか、乗り心地はいいのよ。この椅子も特注なんでしょうね。座ってても全然疲れないの。不満? ないよ。知らなかった頃はね、さすがにうーん、どうなのかなぁと思ってたけど、乗ってみればね、あとは何とかなるもんよ。
だって座ってるだけでいいんだもんね。あとは勝手に進んでいくんだから。何も考えなくていいの。必要なものは全部持ってきてくれるでしょ。だから何の心配もいらないの。時々カレンダー見て、ああ、もう五か月と二十五日も経ったのかぁ、と思うくらい。最初の頃はまだ一日、まだ二日、まだ三日ってずっと思ってたよ。多分誰でも初めはそう思うんじゃないかな。時間が過ぎるのが異様に遅かった。何して過ごせばいいか分からなかったからね。とにかく何も考えるな、座っとけ、なんて、そんなこと言われたことそれまでなかったし(今思えば、ちょっとやっぱりそれまでの生活が忙しすぎたよね)。でも慣れれば平気よ。難しくとらえる必要はないのよ。スマホ眺めたり本読んだりする分には全然構わないんだから。まあでも大体寝てることが多いかな。
そう、もう二回目。いや三回目かな? 忘れちゃった。何だろうね、よく分かんないけど、凄い忘れっぽくなるのよ。そう、なぜか思いもよらない症状が出たりすることはあるよ。変な耳鳴りとか、色の区別が分かりにくくなったりとか、それとまあ動かない分、筋力は落ちるね。あとこの爪見てよ。なんでこんな形になったのか。違う違う、元はこんなじゃなかった。これに乗ってからなのよ。何の関係があるのか知らないけどさ。まあでも、なんか関係はあるんでしょう。座ってるだけとは言え、いろいろ吸い取られてるのは確かだから。
そんなに不思議? そうかな? あんまり違和感ないけどな。いやいや。昔だって大して違いはなかったと思うよ。多分ね。忘れてるだけかもしんないけど。むしろ達成感っていうのかな、ああ、このために私生きてるんだなぁと思うことさえある。何をしてた時でもそんなふうに思ったことはなかった。そういう感覚はこれを始めるまでは分からなかった。
……いや、それはね、やったことないからだよ。そう。私も乗る前は自分がそんな風に思うようになるとは全然思ってなかったよ。だから、こればっかりはやってみないと分からないんだよ。まあ別に勧めはしないけどね。でもそんな言われてるほど悪いものでもないと思う。いや悪いっていうか、その言い方がおかしいよね。なんでそんな、知りもしないのに否定的な印象ばかり持たれるのか……ああ、でもそういう話はやめとこ。どうでもいいんだそんなこと。考えない考えない。
もうすぐご飯出てくるよ。食べてく? 美味しいよ、結構。外の味忘れちゃったから比べるとどうかは分かんないけど、私は全然満足かな。何出てくるかな。そう、それも分かんないの。多分向こうでちゃんと考えて、必要なもの出してくれてるんだと思うよ。カロリーとかも計算してね。その点ほんと有難いと思うよ。
怖くないか? 何のことだろう……。でもそうか、そんな風に思われてるんだね。いや、私は怖いと思ったことはない。昔は怖かったのかな。それも覚えてない。多分、その点よくできてるんだよ。この生活って本当に何も考えなくて済むから。だんだんそういうもんだと思うようになるから。だから二回も三回もできるんだよ。忘れちゃうから。でもそれでいいんだと思う。だって怖がってどうなる? いつまでも何べんも続けられることじゃないのは分かってる。客観的に説明されればそりゃ危険だなって、そりゃやらないほうがいいだろうなって。自分のためにはね。でも自分って何? そう考えると……ああ、そうね。またこれはやめた方がいい話。
私、喋り過ぎてるね。人と話すの本当に久しぶりだからすごい新鮮なのよ。どう? このまま一緒に乗ってく? 冗談だよ。そんな顔しないでよ。
2022-07-15
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