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55.季節の変わり目にナーバスなあなたへ。#日々のあれこれ

台風が過ぎ去って、晴空を見せてくれるかと思いきや、雨の日が続き、何だかナーバスに。

あれだけ輝いていた夏の顔もどこかへ隠れてしまったみたいで、気温もすっかり落ち着いた日々。

しかし、私ときたら、とても暑がりで、真冬のモスクワでもパーカー1枚で過ごすほどであり、見かねたロシア人がコートをかけてくれたくらいだ。

そういえば、気がつけば、いつしか私の中からは寒いという感情が無くなってしまったみたい。

氷点下18度のハルビンでは、霜焼けができてから、ようやく身を守る為にと、上着を羽織ったことがあるくらい、感覚が麻痺している。

おかげさまで、私は寒い地域に旅に出ても、何一つ不自由なく観光することができるのだ。

思い返せば、学生時代は寒さにめっぽう弱くて、腹と背中の両方にホッカイロを装着していた。

小学校の時、縄跳びの授業では、冬の乾いた空気の中、超えられなかった縄が足に当たると、泣いてしまったくらい、冬は辛かった記憶がある。

歳を重ねると、人は変わるとは誰しもが、よく口にするが、それは決して悪いことばかりではない。

人は変化すると、こうして知らぬうちに苦手を克服し、新しい世界に飛び込むことができるようになるのだ。

思えば、英語も中学まではクラスでも、下から3番目レベルであったが、それでも、大人になって気がつくと海外の取引先と連絡を取るほどになった。

人生、本当に何があるかわからないものだ。

最近になって思うことは、縁というものは不思議と存在するもので、当人がどれだけ遠ざけたり、手を伸ばしても、掴めなかったり、気がついたら手にしていたりもする。

少し話は逸れたような気もするが、ようするに、どんな時も、なるようにはなるのだ。

この頃、あまり上手くいかないことも多いし、晴空も一向に顔を見せないが、それでも顔を上げて進んでみる。

そうして、周りを見ると、今年もどうやら、長袖のセーターや、上着を羽織った人々を見て、「そろそろ周りの景観を損ねるから、長袖を出さなきゃ」と思う季節が来たようだ。

家に帰ったら長袖を引っ張り出して、晴空が顔を見せた頃に大汗をかきながら旅にでも出ようと思う。

太陽に向かって、これが私だと、ニカっと笑って汗だくのまま、なるようになってやろうじゃないか。

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