ファンタジー・オン・アイス愛知 存在感放つその人は幸せ運ぶ人
(はじめに 今回も敬称を略させていただいています)
「ありがとうございました」と動く唇を映し出す。FAOI愛知楽日、演目ダニー・ボーイのフィニッシュの天に伸ばした右手を静かに下ろし羽生は言った。去る前にもう一度「ありがとうございました」と唇が動いた。
大画面TVを独り占めしている。8畳の部屋に不相応なのは承知しているが、ライビューの画面より羽生結弦が迫ってくる。想像もしていなくてちょっと厄介に思ったこの85Vの恩恵を今ありがたいと思う。
ステファン・ランビエールの出番が終わると次に登場する羽生を待ち構える気配。歓声が沸き起こる前の一瞬の静寂。
暗闇に影を捉えるやいなやざわめきから爆発する歓声。
そしてまた静まり返る会場にピアノの音とエッジの音、羽生が滑り出す。
深く氷を捉えているというのに浮いているかと見紛う羽生のスケート。その動きに白い衣装が軽やかさを添える。羽生の舞うその場だけ無重力であるかのようだ。
ヘッダーの写真の手はGUCCI銀座ギャラリーの写真展から、祈りのように握る指にこもる力を伝えてくる。指先が血潮の色をしていた。
羽生の手には感情がこもる。ダニー・ボーイの舞は柔らかい。手を合わせる仕草も、包み込むように拾い上げる手も、胸に抱く手も、祈りには手が伴うから私の目は羽生の手を追う。美しい手指だ。私の知るこの曲に込められた歌詞を抜きにして、ただ見入って感じた希望だった。
もちろん現地観戦ではそんな余裕は無くて、魂を持っていかれただ涙するばかりなのだけれど。
セントレアに隣接する愛知国際会議場は名古屋からミュースカイという特急で30分、準急だと50分かかる。座席指定は全て売り切れ、準急でも満員の電車内はどこかに羽生グッズを身につけている人人人。
現地で観たのは初日と中日だ。
そして遅ればせながら最終日の録画を見ている。
羽生が舞うミーティアはそのコスチュームからも、機械的な腕の動きからも間違いなくフリーダムだろう。でもフリーダムの中にいるキラ・ヤマトを同時に見せてくる。手のひらに受け止めたトリィを左肩に乗せる手や柔らかな表情は優しい。平和を望みつつも戦わなければならない苦悩、自分がやらねばという使命、図らずも命を奪ってしまったモノへの鎮魂、その魂や安寧への祈り、未来への希望、大切な人への愛、西川貴教の切なくも力強い歌声に羽生の感情が爆発しているようだ。そして寸分違わぬ音を拾ってフィニッシュした。
氷に着いた手は息絶え絶えのように見えて、力の限界を見せた素の羽生なのか、フリーダムの着地なのか、もはや私には分からない。
数分の中にどれだけの想いを詰め込み、現地、ライビュー、CS配信視聴する何万という観客に各々で感じ取れとばかりの強いメッセージを感じた。
『機動戦士ガンダムseed freedom 』の中心人物キラ・ヤマトはある意味普通の人間だ。遺伝子操作された力を持つ彼はずば抜けた頭脳だし、外見に似合わない力だってあるのだろう。でも優しすぎるが故の苦悩、責任を一人で負いすぎてしまうしんどさ、どれだけの能力をもっていても愛する人へ確固たる自信が持てない弱さを見せる。
アニメなので最終的にはより強く優しく逞しく成長するのだけれど、現実を生きている羽生結弦もそちら側の生き方をしているように感じてしまう。
現在アマゾンプライムで見ることができる。もしかしたら視聴数すごいことになっているんじゃないか。GUCCIが羽生のグッズのような錯覚してるかのように、羽生が出演してるんじゃないかというぐらいに。
さあエンディングだ。とびっきり楽しい。それは羽生が楽しそうだったからに他ならない。たったの1週間後に羽生の怪我の傷は癒えていた。新しい皮膚細胞は最速で傷を被った。驚異的な回復力だと思う。今までだってそうやって競技会に現れた。間に合わすための努力を見えないところで重ねていたし、裏で支える人たちがいつも最善を尽くし味方をした。羽生はそういう人たちに囲まれて暮らしているのだと思うと、私も幸せで泣きそうになる。覆うもののない美しい顔、滴り落ちる汗がこれほど美しく光る人を他に知らない。この日の羽生の汗は冷えて風邪をひかないか心配になるほどの、バケツの水をかぶったかのようだった。
ただ家の大画面は傷跡を薄く映し出していて、あれだけ切ったのかと、あれだけでよかったと、運が良かったと感謝した。無理をせず傷跡が消えるまで覆って過ごしてほしい。職業羽生結弦の全てを大切にしてほしい。今まで以上に世界がその美しい顔をマジマジと見ることになるかもしれないから。ただ、キラ・ヤマトがラクス・クラインへの愛を語るセリフじゃないけれど、どんな羽生結弦だってファンは愛してるって添えておく。
幕張でもキレッキレの氷上のステップだったのに、よりブラッシュアップされて、仲間たちをもより巻き込んでいる。羽生を中心に輪ができる。誰も異存を唱えない。それだけの仕事をしている羽生の存在感はかつてなく大きかった。
やっぱりFAOIは羽生のホームだ。仲間から愛される幸せそうな羽生が見られる場所だ。
西川貴教氏だってきっとそうだ。羽生のハグに頭をギュッと抱き寄せてくれたシーンは宝物になった。
FAOI全編の半分だけという異例の出演となったが、その理由はまだ明かされていない。いろんな可能性思い巡らしながらまたかってにだけれど、Xに乱れ咲く歓喜を想像している。
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