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いかのおすし⑮ 【帰りの会】

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《美桜》

公衆電話から電話をかけるとき。
いち、受話器を持ち上げます。
に、テレフォンカードを矢印の向きに入れます。
さん、番号を押します。

そこまでは、ママに教わった通りにできた。
 
相手が出たら最初に「もしもし」と言います、わたしは「塩谷美桜です」と名乗ります、それから要件を手短に話します。

それらは全く思い出せなかった。
 
「ママ! 助けて!」
 
やっとママに繋がったと思ったら、そう叫んでしまった。
でも泣いてる場合じゃない。早く、とにかく今のやばい状況を知らせなきゃいけない。
「アンが、アンがっ! あっ、おじさんが、殺すぞって。こわい!」
『美桜! 大丈夫なの? それ誰なの? いまどこ!?』
「あっ。あっ、さ桜公園から、くく車のって、すぐ近くのマンションって言ってたのに中島さんが、中島さんが、えと、すごい遠く、置いてかれて、歩いて、び美容院のとなり、あっ、あ、アンがあぶないかも」
 
ぜんぜん上手に話せない。だけど、とりあえず見たものを全部ママに知らせなきゃいけない。
 
『中島さんって』
「ほら、こ、公園で、ほら、ヘアゴム売ってたお姉さん。あ、おばさん。今日も会って、車いす、そうだ。車いす乗ってたから手伝ったの。そそれで、なんかアンと喧嘩しててたし、た倒れてた、どうしよう」
『中島……アキラさん?』
「なんで知ってるの! まママ、なんで知ってるの。こわい!」
『おじさんって誰?』
「知らない。なまえ知らない、こわい人。う、たぶんぜったい怖い人、ほんとう。信じて」
『わかった。信じるから、落ち着いて。美桜は? 怪我は?』
「う、うん。痛い。すごい痛い」
ママが大きく息を吸って驚いたのが分かった。
『今すぐ行くから!』
「うん。来て。こわい。えと、えっとここ、び美容室が、えと」
Le beau cerisierル・ボー・スリジエ でしょ』
「なんで知ってるの! ママ、ななんで、なんでも知ってるのっ」
『すぐ行くから。アンは?』
「わかんない。わたし、ひ、ひとりで走って、すぐ逃げようって、すぐしらせようって、で電話、アン……どうしよう」
『あぶないのね? 怖い人と喧嘩してるのね? だったら、この電話を切ったらすぐ110番しなさい。やり方、教えたよね? 怪我してるってことも言いなさい』
「いいの? 110番なんかしていいの? だって……」
『いいから! すぐしなさい』
「うん、ママ、早く来て」
『行くから、すぐ行くから』
 
わたしは電話を切った。
ママはすぐここに来てくれるのか分からなかったし、私の怪我は転んですりむいただけだけど、とにかくママの言った通りに110番にかけてみようと思った。

110番と119番は、テレフォンカードを入れなくても大丈夫です。
受話器をあげます。番号をおし……ちがう! 赤いボタンを、押します。

ツーッ。
番号を押します。
プッ、プッ、プッ。

『……はい。事件ですか、事故で……』
 
電話のかけ方は合ってました。
でも、ちょうどその時、誰かが電話ボックスの扉を急に開けました。

「ひゃっ」と叫んだら、スッと伸びてきた血だらけの長い手が、受話器をガチャンと置きました。
 
たぶん、電話は切れました。
 

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いかのおすし⑯最終話へ


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