黒澤チルドレン
映画の中で、日本とドイツの描かれ方が大きく異なると思った事がある。
戦争を起こし、敗戦した2つの国。
『シンドラーのリスト』『戦場のピアニスト』『ソフィーの選択』などナチスのホロコーストを描く映画や『インディ・ジョーンズ』等の娯楽作品も、ナチは徹頭徹尾、悪役になる。
スティーブン・スピルバーグはユダヤ系だから、ナチの扱いは理解できる。
同じスピルバーグ「太陽の帝国」も第二次大戦の日本軍が描かれるが、上海で暮らす英国少年の憧れは零式戦闘機という設定だった。
悲惨な戦場で、若い日本人パイロットとの友情も描かれる。
スピルバーグ『1941』は、日本の潜水艦がカリフォルニアに間違って来てしまうコメディ。映画の出来はともかく、潜水艦の艦長は三船敏郎だし、悪役になりっこない。
なぜだか、ドイツより日本への表現が緩むし、温かい。
その理由は黒澤明の「存在」だと思っている。
ジョージ・ルーカス『スターウォーズ』はロボットの凸凹コンビだけじゃ
なく、黒澤の『隠し砦の三悪人』が元ネタ。
世間知らずの勝気な姫君を守る三船演じる侍と百姓たち。
アレック・ギネスが演じたオビ=ワン・ケノービ役は、最初に三船敏郎にオファーが来たらしい。
主演、ルーク・スカイウォーカーの衣装は、黒帯柔道着を思わせ、シリーズに登場する姫たちの衣装も和服をベースにし、髪型も花魁みたい。
ジェダイたちも日本の僧侶の様。
その「ジェダイ」の名も日本語「時代劇」が由来だし「ヨーダ」も、脚本家の依田義賢氏(溝口作品が多いが)からだ。
「シス」も「寿司」だし(これは未確認?)。
敵役、ダースベイダー卿の黒い衣装や、呼吸器の付いた仮面もナチのヘルメットの様だ。
帝国軍の服装は明らかにナチスの制服が元になっている。
キャラクターだけではない。
インディ二作目「魔宮の伝説」(トロッコのチェイス)で子供達が魔宮から逃げ出すモブ(群衆)シーンは「隠し砦の三悪人」のモブシーンを参考にしている…と私は思っている。
世界の映画人にとって、黒澤明の存在は絶大なのだ。
黒澤明がアカデミー賞に呼ばれた夜、会場チャイニーズシアター付近の路上で詰め掛けたファンに手を振る。
すると、かなりの大男が黒澤に近づいて行く。
すぐに黒澤をガードするセキュリティが駆け寄るが、男の顔を確認し、後に下がる。
大男は笑顔で黒澤をハグする。
クリント・イーストウッドだった。
盗作騒ぎ、イタリアの「荒野の用心棒」の世界的ヒットで、西部劇『ローハイド』以降、落ち目だったスターは返り咲き、ドン・シーゲルと組んだ『ダーティーハリー」などヒット作が目白押し、そして今や大監督に上り詰める。
黒澤明はイーストウッドにとって大恩人なのだ。
ソビエト映画「惑星ソラリス」のタルコフスキー監督は、映画で未来都市に見立てた東京首都高の撮影に来日。
首都高速の撮影は程々にし、黒澤明の別荘で連夜ウォッカを飲み「七人の侍」を歌っていたそうだ。
そして日本刀。
おそらく、日本刀が外国映画に好かれるのも黒澤映画の影響からだ。
『七人の侍』の死んだ五人の埋まる土塊に差し込まれる5本の刀。
五人の墓標。
「キル・ビル」や「パルプフィクション」「ハイランダー 悪魔の戦士」。
そして「ラストサムライ」での壮絶な斬り合いなど日本の時代劇以上の迫力だった。
日本は、明らかにドイツの描かれ方と異なる。
たぶん黒澤明が、戦争イメージの緩衝材になっている。
世界の映画人たちの黒澤明へのリスペクトの表れだと思える。
フランシス・コッポラ監督の言葉。
「黒澤が特別な理由は、彼が手掛けた傑作が1つや2つでなく、8つもある
ことだ(…どの8本だ?)」と言っていた。
彼らのマイスター。
『マグニフィセント・セブン』『黄金の7人』『宇宙の7人』『7人の秘書』などなど何やらかんやら、七人だらけ。
新作『スターウォーズ』のポスターを見かけると、ポスターの中に描かれるキャラが何人いるか、つい数えてしまう。
黒澤、溝口、そして小津などの映画文化、サブカルチャーが日本を救ったと思う。
酒席などで、晩年の作品を上げて黒澤批判をする輩が、時折いる。
その時、私は必ず「『七人の侍』を作ってくれただけで感謝でしょう!」と告げる事にしている。