【ヴィランはこうして生まれる】映画『ライオン・キングームファサー』をレビュー
2024年12月20日に日本で公開された新作のディズニー映画『ライオン・キングームファサー』を鑑賞してきました。不朽の名作アニメーション『ライオン・キング』。それをディズニー自らが超実写化を謳いリメイクした映画シリーズの2作目にあたります。
1作目はアニメ映画のストーリーをそのままなぞる形でリメイクしましたが、今回の2作目はオリジナル脚本とのこと。アニメ版『ライオン・キング』が大好きだった私にとって、1作目はそのアニメ版の良さを崩しているようにしか見えなくてあまり好きではなかったのですが、今回はどうだったのか。観た感想を自分なりに感想として文字に起こしてみようと思います。
以降、作品のネタバレを含みます。未視聴の方はご注意ください。
あらすじ
両親とともに安息の地ミレーレを目指していたムファサは、川の氾濫に巻き込まれ独りぼっちとなってしまう。そんなムファサを見つけ助けたタカは、父が長を務める自分の群れへと彼を迎い入れ、2頭は兄弟と呼び合うまでに仲を深めていった。しかしホワイトライオンの群れとの接触から恨みを買ってしまい、追われる身となった彼らは群れを離れ、ミレーレを目指し旅をすることになる…。
『ライオン・キング』の世界において偉大な王様としての地位を確立していたムファサ。そんな彼がいかようにしてプライド・ランドの王様となったのかを描く前日譚というオリジナルの内容となっています。また、公開前に明かされていた情報として、本作に登場するタカは後にスカーと呼ばれる存在である、というものがありました。スカーといえば『ライオン・キング』にてムファサを殺し国家転覆を図るヴィランとして登場するキャラクターであるため、いかにスカーがヴィランへと堕ちたのかも共に明かされることになるということでしょう。また後にムファサの妻となるサラビや召使いとなるザズー、長老的な立ち位置となるマンドリルのラフィキとの出会いも描かれるようで、その点もファンとしては気になるところでしょう。
感想
主人公はタカ
本作の主人公はタカのほうではないでしょうか。おそらくですが、ムファサのほうに共感を覚え感情移入できる人は少数派のように思います。というのも、彼にはそもそもの素質が備わっていたことが作中でかなり強調されているためです。外の世界を知っていて勇敢で、嗅覚などの五感に優れていました。一方のタカは父親が王様とあって血統は優れていたもののそれだけで、旅を通じて自分の無力さにひたすら気付かされていくのみです。しかもタカは決して怠け者であったとか、始めから性格が捻くれていたというわけでもありませんでした。2匹の違いは育ってきた環境によるものだけと言ってもいいかもしれません。旅の中でのびのびと育ってきたムファサと、将来王様となるのだというプレッシャーをひたすらかけられていたタカ。タカには自由もなく、誰かから褒めらていたというような描写もありません。家庭環境が子供に与える影響がいかに大きいのか、生々しい実情をまじまじと見せつけられました。
初めのホワイトライオンの群れとの戦いでも、タカは全く動けず、母のピンチを救ったのはムファサでした。そうしてムファサは認められていき、反対にタカは失望されていきます。あれだけ血統を重視していた王も、自らの子供であるタカを見放していきます。しかし驚くなかれ、これはまだ序盤のみの内容です。
その後旅をすることになった2匹は、同じくはぐれ物のサラビと出会います。そして薄々予想していた通り、タカはサラビのことを好きになってしまいます。『ライオン・キング』を知っている方はご存知の通り、サラビとくっつくのはムファサです。もう失恋する未来しかありません。案の定サラビは特別めいたもののあるムファサに惹かれていきます。タカが落ちぶれていく様子が徹底的に描かれていくのが本作のストーリーです。
この作品で主軸に描かれているのは、ムファサが王様まで登りつめる様子ではなく、タカがヴィランへと落ちぶれていく様子ではないでしょうか。だからこそ、後味が良くないものとなっているように思います。ムファサにいまいち目が向かないのは、彼がひたすら自身のカリスマ性や特別性を武器に活躍し続けるためではないかと思います。ミレーレ到着後の演説シーンではそれが顕著で、彼の論調にはあまり正当性がない粗雑なものに感じました。ただ動物たちはそこに心動かされ、力を貸そうと団結します。はたして、同じ内容をもしタカが話していたら、彼らは協力してくれたでしょうか。また、今作のヴィランである敵のボス・キュロスを倒すことで戦いは終結しますが、動物たちはムファサがキュロスのとどめを刺す瞬間は見ていません。それなのになぜ彼を王様と認め続けるのか、それは彼の”王たる素質”というもののほかありません。実際ムファサは勇敢でしたが、物語が終始素質のみで丸く収まっていく様子に感情移入できる人はどれほどいるのか。見てて偉大さを感じるのか、そこが疑問でした。
作中の雰囲気も迷子気味
タカが落ちぶれる様子がメインと書きましたが、作品内の雰囲気がひたすら鬱屈したものであったかといわれるとそうではありません。シリアスでもなく、ただワクワクする冒険談でもない。そういったところがなんだか中途半端かなとも思いました。
今作はラフィキがシンバの娘・キアラに昔話をするという体で話が進みます。ただかなりの頻度でティモンとブンバが茶々を入れ回想をストップさせる、という件が挟まります。ここがややくどいです。作品のメタ的な発言の連発で場を和ませようとしているのかもしれませんが、そのたびに物語が止まってもどかしさを感じてしまいますし、作中の緊迫感なども都度冷めてしまいます。
また緊迫感を与えるため、キュロス率いるホワイトライオンの群れの追跡や襲撃が何度か起こりますが、体が大きく冷酷である、というヴィランの特性があまり活かしきれていないように感じました。敵としての魅力がいまひとつであり、逃げなくてもどうにかなりそうと思いながら見るムファサたちのピンチに興醒めしてしまうようなことが何度かありました。キュロスの吹き替えに渡辺謙を起用した強みがあまり感じられず、勿体なさを覚えました。
敵に追い詰められることで生まれる緊迫感もそもそも薄く、せっかく作品に入り込めて来るであろうタイミングで回想が止まる、となると作品内の雰囲気は台無しではないかと思うのです。
表情UPの場面が増えた
ライオンたちの顔をアップにしたような描写がかなり増えたように感じます。以前の実写版『ライオン・キング』を見た際に感じたのは、ただライオンが喋っているだけではないかというがっかり感でした。アニメ調ならではの豊かな表情変化が損なわれていたことを残念に思っていましたが、もしかしてそのことを制作陣も気にしていたのでは。
『ウィッシュ』でも顔のアップ描写が増えたと指摘が上がっていましたが、あちらは作画コスト軽減のためではないかと言われていました。ですが今回はそのような手抜きではなく意図的にそうしたのではないかと思います。超実写化を謳った本シリーズではさすがに考えにくいと思いますし、実際映像で気になったところは全くと言っていいほどありませんでした。キャラクターたちの心境を表現するためにさらなる工夫を加えているように感じられます。
それでもアニメ版には程遠いものの 、そういった課題を克服しようとしているのであればこれからさらなる改良がなされていくのではと思いますし、良い兆候ではないでしょうか。
まとめ
総評としては、スカーというヴィランが誕生した経緯を知る分には良いものの、映画として前作同様ストーリー部分にモヤモヤを感じるものであったかなと思います。決して楽しい作品ではない、というところが個人的には期待を下回る印象でした。
また地域による問題ですが、字幕版の上映が少ないのは不満でした。メディアがやたら吹き替え版を推していたのでそんな予感はしていましたが、1周間経たずして字幕版を終了してしまうとは。今回の吹き替え版にあまり魅力を感じられなかったという点も低評価の理由の1つかもしれません。
まだ続編を作るのかどうかはわかりませんが、綺麗な映像の足を引っ張るストーリーの改善をこれまで同様期待したいかなと思います。