[ショートショート]隣人
そりゃあ私だってね、あの人がそんなことをしたなんて思いたくもありませんよ。いつも笑顔で挨拶をしてくれるようなあの人がまさかね。ほら、よく言うでしょう。まさかあの人が、って。でもね、いつも思うんですよ、私は。まさかあの人が、って言うくらい、みんなあの人の何を知っているのかしら、って。ただみんな、"まさか"って言葉を口にしたいから言ってるだけなんじゃないかしら。きっとそうよね。だって、挨拶したくらいで人なんて分からないもの。え、私?私は違いますよ。挨拶どころじゃないですよ。あの人はうちでお茶も飲みましたし、近くの畑で採れた野菜とかあの人の部屋に届けに行ったりしましたしね。畑?違いますよ、そんな本格的なものじゃなくてただの家庭菜園ですよ。ええ、この近くにね月3,000円で借りられる菜園があって人気なのよ。月3,000円で採れるものはトマトとかキュウリですからね、高いんだか安いんだか分からないけど、悪いものは入ってないからいいじゃないの。有機肥料よ、使っているのは。ちょっと作るのに苦労するけれども特製の肥料ね。え?ああ、あの人のことね。私の悪いくせなのよ、話があっちに行ったりこっちに行ったりするのが。よりにもよってあの人がねえ。3人も入っていたんでしょ、冷蔵庫に。怖いわよねえ、私の家の上でそんなことがあったなんて。私、夜早く寝ちゃうから上から物音なんて聞こえなかったわよ。私は一度寝たらなかなか起きないのよ。眠りも深くてね、ここ最近は夢なんて全く見ないもの。この前お医者さんにそれを言ったら、熟睡できるのは若い証拠ですよ、なんて褒められてね。嬉しかったわよ、若いなんて言ってくれる人いないんだから。ああ、また話が逸れちゃったわ。知らないわよ、あの人がどこに行ったのかなんて。そんな全く見当もつかないわよ、そんなに親しくなかったんだから。でもご両親もいないらしいし、案外そこら辺に隠れてるんじゃないかしら。ああ、恐ろしい。でも、不謹慎かもしれないけれども、バラバラとは言えどあの冷蔵庫によく3人も入ったわよね。自炊もしてないから包丁もなかったのにね。冷蔵庫が空っぽだったから入ったのかしらね。あら、私、家の冷凍庫閉めてきたかしら?まぁいいわ、パンパンになっちゃってるから、どのみちそんな簡単には凍らないし。ええ、こっちの話よ。そうね、あの人がまさかね。そうだ、今日は暑いし、中でお茶でもどう?ちょっと苦いけれども美味しいお茶があるのよ。あなた忙しいんじゃない?顔が疲れてるわよ。うちのお茶は疲れによく効くから、少し休んでいきなさいよ。あの人にもそう言ったわ。ゆっくり冷えていきなさいよ。はいはい、入った入った。