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北海道のフライフィッシング 「おいっ!」の淵の川で危うく遭難しそうになる 第3章『このようにして私達は遭難するのか!』

             全3話

第1話
 数年ぶりに思わぬ大物を釣り上げ、ついつい長居をしてしまいました。
 気が付くと、時計は納竿予定の時刻をとうに過ぎていました。
 フライトの1時間前には飛行場に着くという計画で動いていましたが、今すぐに車に戻らねば間に合いそうにありません。
 私同様釣りに熱中しているお義父さんに声をかけ、急いで入渓地点へ向け川を下りました。
 入渓地点には目印を付けていませんでしたが、林道から川へ向う道が突き当たる開けた場所なので、簡単に見つかるはずです。

 しかし、釣り上がる際に、とにかく小さいポイントは飛ばしてどんどん上流へ来たので、一体どれぐらい戻ればよいか見当がつかず、遮二無二下りました。とにかく見覚えのある流れを確認しながら下りました。

 気がつくと全く見覚えのない流れに来てしまっていました。
「しまった!下り過ぎた。」
振り向くなり
「お義父さん、下り過ぎました。爆竹の紙切れを探しながら戻りましょう。」
と、右岸を注意深く見ながら再び上りました。
 右岸には、お父さんの鳴らした爆竹の赤い紙片が落ちている筈です。

       
第2話
 しかし、行けども行けどもあんなに分かりやすいと思っていた入渓地点が見つかりません。フライトの時刻は刻々と迫ってきて焦りは増すばかりです。

「飛行機に乗り遅れたらどうなるのかな?」
「もう一度、航空券を買わないといけないのかな?」
「そもそも空席はあるのかな?」
「なかったら、もう一泊しないといけないな。お金は足りるかな?」
 経験がない分不安が大きくなるばかりです。

 すると、目の前の岸辺に林道方向から流れ込んできたであろう小さな流れが見つかりました。恐らくこの流れを辿って行けば林道に出られる筈。
「お義父さん、こっちです。」

 即座に軍手をはめ、腰の鉈を抜き、背丈ほどもある夏草を切り払いながら、林道があると思われる方向へ藪を漕いで行きました。後ろでお義父さんも鉈を振るいながら順調に進んで来ます。
「お義父さん、鉈で足を切らんように気をつけてくださいね。」
と声をかけながら、林道があるであろう方向へ道を切り開きながらずんずんと進んで行きました。


第3話
 ところが、払いやすかった夏草は、徐々に笹と蔓に変わっていきました。笹や蔓は、なかなか切り払えません。鉈をはね返すのです。途端に前進できなくなりました。
 それどころか両足を笹薮に取られ、蔓は体に絡みつき、身動きが取れなくなりました。
 何とか前へ進もうともがきましたが、1メートル進むのにも四苦八苦です。

 どれくらの時間、藪と格闘したでしょうか。
 精根尽き果てて天を仰ぐと、360°原生林のその上に午後の太陽が照りつけ、私達は一体どの方角に進んでいるのか全く分からなくなってしまいました。
 もう、全身滝のような汗をかき、真夏なのに眼鏡が汗で曇っています。

「このまま進むのは体力的に不可能だ。」
「しかし、このまま行かなければ林道には出られない。」
「戻ったらどうなる?もう一度川へ出たとして入渓地点が見つかるのか?」
「あれだけ行ったり来たりしたのに見つからなかったんだ。」
「やはり、このまま前進するしか帰る道はないのではないか?」
 考えがまとまらないうちに、
「一体、明るいうちに林道へ出られるのか。」
と、不安になってきました。

 そして、ついに
「こうやって私達は遭難するのか。」
という思いに至りました。

「こんな山奥の藪の中で倒れたら助からない。」 
 進退窮まるとは正にこのことです。

 もうこうなったら、神仏に祈るほかありません。といって何に助けを求めたらよいのでしょう。

 そういえば、長女の出産を控え中山観音へ腹帯をいただきに参った際、お坊さんが話していた言葉を思い出しました。
「身に危険が及んだら観音様の名を唱えなさい。」
と。
 観音様は安産の仏さんかと思っていたのに、不思議なことを言うなと思っていると、そのお坊さんは、
「あらゆる危険に陥りそうになったとき、その名を唱えたならば、たちまち衆生を救ってくださるのが観音菩薩様の功徳力であ〜る。」
と、付け加えました。
 ウルトラマンみたいな仏さんだなと思ったのを覚えていました。

 もうこうなったら、にわか信者であろうと観音様におすがりするほかありません。原生林の中で、
「南無観世音菩薩、お助けください。」
と、大音声で唱えました。

         
『このようにして私達は遭難するのか!』
           完


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