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昭和のガキ大将 一おばん池の攻防一 第1章『無法者等現る』

           全6話

 第1話
 通称「おばん池」は、昭和40年代、私がお世話になった小さな池です。
 おばん池は、私の家から二キロメートルほど離れた高取山の東の麓の崖の上にぽつんとありました。
 池の大きさは約200平方メートルほどで、ずんぐりとした瓢箪形。
 三方を笹藪に囲まれたこの池の東側は唯一土手になっており、私達子供はここから池に入ってメダカやエビを捕ったり、時には釣り糸を垂れたりしました。
 水面には池の半分ほどを蓮の葉が覆っていました。
 まだブラックバスやブルーギルなどの外来種が入る前の時代で、どこにでもある日本の野池であり、恰好の遊び場でした。

 この池に地図上の正式名があったかどうかは知りませんが、小学校の校区という狭い地域の人間には「おばん池」で通っていました。
 私が近所の年長の友達から聞いたところによると、
「ここで遊んだら危ないからよそへ行け。」
と叱りに来るおばあさんがいるから「おばん池」という名前になったとか。
 しかし、私が小学生の間、何度もそこで遊びましたが、いちどもそのおばあさんには会いませんでしたし、私の知った友達で、そのようなおばあさんに怒られたという者は一人もいませんでした。


第2話
 四年生のある日、私達は釣り道具も網も持たず、習字道具だけを持っておばん池へ遊びに行きました。
 その日のメンバーは私と哲ちゃんと陽ちゃんの三人で、三人とも同級生でした。

 土曜日、習字教室の帰りに寄り道をしておばん池に行ったのでした。
 そもそも、初めからおばん池へ行くつもりはなく、たまたま話の流れで「行こうか。」となったのでした。もしかしたら、おばん池への思いが強い私の提案に、ほかの二人は断りきれなかったのかもしれません。
 習字教室からおばん池へ行くということは、家路とは違う方向へ行くということでした。
 
 三人はおばん池につくやいなや習字道具を草むらに放り投げ、誰言うともなく裸足になって池に入りました。
 水面が膝上を超えて太腿までくると、半ズボンとパンツを左右からぐいと持ち上げ、白い尻を見せながら可能な限り深みへ深みへと進みます。ときどき、足の指にエビかヤゴかがツンと当たって
「ひやっ。」
と叫んだり、泥の底を素足で踏む感触を楽しんだりして「魚を採る」という遊びではなくても十分に池の中を楽しむことができました。
 三人ともひとしきり水底をかき回すと岸に上がり、濡れた足を振り、水滴や砂を手で払って靴下を履きました。冷たかった足は、陽の光でほんのり暖かくなった靴下に包まれて生気を取り戻していきました。


第3話
 子供時代の遊びは、次に何をするかなんて相談もせず、気がついたら誰かがもう始めているという具合です。
 その日は、真っ先に靴を履いた陽ちゃんが、岸辺の土で泥団子を作り始めていました。陽ちゃんは手先が器用で、直径5センチほどの泥団子を作っていました。すでに三個ほどできあがっており、どれも均一で表面がなめらかでした。さっそく私と哲ちゃんも作り始めました。
 陽ちゃんの手つきを真似て泥を握りましたが、私の泥団子には、明らかに指の形が残っていました。


第4話
 三人とも黙々と作るうち、泥団子が山のように出来上がりました。
 何か入れ物はないかと池の周りを探すと、都合よく林檎の木箱が見つかりました。
 たくさん作った泥団子を丁寧に箱詰めしていくと、一段目が埋まりました。
 こうなってくると、時間を忘れることのできるのが子供です。
 暗黙のうちに、三人とも二段目を敷き詰めることが目標になっていました。


第5話
「おいっ、こんなとこに池があるぞ。」
 泥団子が三段目を埋めようとしたとき、彼等四人は突然池の土手に現れました。
「ほんまや。」
「けど、ちっちゃい池やなぁ。」
「なんか、おるんかなぁ。」
 一人が池に向かって石を投げました。すると、他の三人も真似をし始めました。

 彼等は学校では見たことのない顔ばかり。違う小学校のようです。学年は、私達よりも二学年は上のようです。
 当時は、校区が違うと他国同様の意識をもっていました。隣の校区へ入ろうもんなら、いつでも逃げられるよう気持ちを引き締め、靴紐をしっかり結び直していました。逆に、自分達の校区でよそ者を見かけると、警戒心とともに敵対意識をもっていました。
 たまに近隣校との合同行事があると、その開始前には必ず先生が、
「互いに仲良くしましょう。」
と仰るのですが、目はちらちらと「どいつが番長かな。」と、強そうな奴を探していました。


第6話
 さて、この連中はとても友好的とは思えません。
 石投げがひとしきり終わると、今度は私達へ関心を向けました。
「お前ら何しとん。」

「・・・・・・。」

 臨戦態勢の私達は箱を背後に回し、無言で身構えました。
 彼等は訓練された兵士のように、すでに私達と泥団子の入った箱を取り囲んでいました。
 その中の一人が、
「ようけ作っとるな。一個貸せや。」
と、いきなり泥団子を掴もうとしました。
 すると、陽ちゃんが、
「やめろやっ!」
と箱を押さえました。
 陽ちゃんは四年生ですが、背丈は一年生ほどです。向こうはどう見ても高学年す。
 しかし、泥団子作りのうまい陽ちゃんは、かなうはずもない相手から必死で泥団子を守ろうとしています。

   第1章『無法者等現る』完


 

 



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