神の見えざる手
母の余命について
きちんと準備しなくてはならないため
わたしたちは「リビング・ウィル」を用意した。
栄養点滴や人工呼吸器を拒否すること。
抗がん剤は部分的であっても
決して使用しないこと。
痛みの緩和には
非麻薬系鎮痛剤→弱い麻薬系鎮痛剤
→モルヒネの順に使用すること。
お医者さんに渡して
二人とも、ふうっとため息をついた。
と。そこで終わらないのが
西洋医学である。
どっこい生きてる、である。
しぶとい。
「高カルシウム血症の予防のためにする
点滴は毎週しましょう」ときた。
ほうほう。
この間母が夜中に突然
「地下から出られない」と言い
出ようとしてもがき続けた
問題の点滴である。
ゾレドロン酸。
それを点滴すれば、高カルシウム血症は防げる。
命は維持できる。
そのかわり、腎機能不全、今度は低カルシウム血症、せん妄、発熱が副作用だ。
緩和ケアの病練の医師の
「神の見えざる手」という文章を読んだ。
彼は高カルシウム血症は
がんで死にゆく患者への
「神の見えざる手」であると書いていた。
意識が遠のき、痛みを感じなくなる。
ゾレドロン酸は
その手を阻むことであると。
カルシウム濃度が高くなっていることを
彼はなるべくチェックしないと
書いていた。
見えざる手を、邪魔しないために。
わたしもそんな気がするのだ。
点滴をすすめたお医者さんに
光を、わたしは見なかったから。
わたしたちは、調べて
悩んで、選んで
ひとつずつクリアするしかない。
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